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「人類救済」掲げ凶悪犯罪 ヨガサークルから変貌

 オウム真理教は小さなヨガサークルから始まり、わずか10年で1万人以上の信者を集めた。松本智津夫死刑囚(63)=教祖名麻原彰晃=は殺人を肯定する教義を説き、幹部たちは「人類救済」を掲げ、数々の凶悪事件を起こした。

 松本死刑囚は1984年、前身となる「オウム神仙の会」を東京都内に設立した。厳しい修行によって「解脱」し、超能力を得るという教えに引きつけられ、多くの若者が集まり、急成長した。

 松本死刑囚の確定判決によると、非合法活動のきっかけは88年9月、修行中に事故死した男性信者の遺体をひそかに焼却したことだった。89年2月、焼却を知る信者が脱会しようとしたため、リンチして殺害した。

 89年11月には、信者となった子どもを取り返そうとする親たちを支援していた坂本堤弁護士=当時(33)=の自宅アパートに押し入り、妻都子さん=同(29)、長男龍彦ちゃん=同(1つ)=と一緒に殺し、遺体を山中に隠した。

 94年6月、教団関係の訴訟を担当する裁判官を狙い、長野県松本市で猛毒サリンをまき、住民8人を殺害した。警察は教団の関与を疑ったが、宗教団体への捜査は難航した。95年2月の目黒公証役場事務長拉致事件で信者の関与が確認されたのを機に、ようやく3月22日の強制捜査開始を決めた。

 しかし、2日前の3月20日の朝、警視庁などがある霞ケ関駅に向かう地下鉄5車両にサリンが散布された。捜査かく乱を狙った教団の犯行で、13人が死亡、6千人以上が重軽症を負う大惨事となった。

 教団は表向き、ハエや蚊を含む殺生禁止をうたっていた。末端信者の大半は、教祖らの事件関与を知らされていなかった。95年4月、ナンバー2の村井秀夫幹部=当時(36)=が暴漢に刺殺され、95年5月に松本死刑囚が逮捕されると、多くが脱会した。

 

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