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生活部記者の両親ダブル介護

(51)父の笑顔 誕生会でパチリ

遺影に使う笑顔の写真がなかなかなくて…。ようやく見つけた一枚は、施設で開かれたお誕生会のものでした

写真

 読者の皆さまに許しを乞わねばならない。父が世を去り、「ダブル介護」でなくなった。

 当初は、現在と昔の話を組み合わせ、やがては同時に決着と思っていた。だが、眼前で展開する現実は目まぐるしかった。

 それでもダブル介護を体験し、書き残したことは少なくない。心に父を思い起こし、それをつづることで「ダブル介護」とさせていただきたい。

 さて。わが家では在宅での老老介護が破綻し、最終的に施設介護を選択したことは触れてきた。その折々の判断はやむを得なかったと思う。が、果たして、それで父は幸せだったのか。

 死の数日前、父は何かを伝えたがった。私の、あるいは弟の腕をつかみ、言葉にならぬ声を発した。それは「家に帰る」だったかもしれないし、やり残したことかもしれない。私は五十音表をアレンジし、「次はこれで意思疎通を」と期した。だが「次」は永遠にこなかった。

 父の亡きがらを家に戻した夜。「これで良かったのか…」といつまでも言う私に、妻は遺影に選んだ写真を示した。施設での誕生会。父が笑みを浮かべている唯一の写真だった。

 妻は言う。「施設でお父さんが笑っていたのは、介護のプロの接し方もあるし、施設でなら自分の過去とかは関係なく、一人の『三浦さん』でいられたという面もあると思うよ」

 確かに。私たちは家ではそんな余裕はなかった。少しは穏やかさを取り戻せたなら、よかったと言うべきか。面布を取ってそう父に問う。父は穏やかに眠っているように見えた。

 (三浦耕喜)

 

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