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生活部記者の両親ダブル介護

(45)サケノミタイ 執着が力を引き出す

家族が集合。父母は別室ながら同じ病院で、いつでも会える距離に。そのせいか、最近は会っても手を取ったり、視線を交わしたりはしません

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 人間、執着するものには、がんばれる。父(81)の場合は酒だ。袋から取り出した小瓶を見て、父は薄目を見開いた。

 とろみを付けた茶なら飲めるようになった。では、酒にとろみをつけたらどうか。酒にはカロリーもある。家族がそろった日、「お叱りを承知で…」と看護師に尋ねた。飲ませてあげたい優しさを顔に浮かべながらも、「医師の判断なしでは…」。

 当然なので、「今日は匂いだけ」と封を切って鼻先に向ける。父はピクリとも動かさなかった両腕で瓶を握り、口に持っていこうとする。危ない危ない。紙コップに移しても同じことだ。「サケ!」「ノミタイ!」。不明瞭だった声にも力が入る。

 酒への執着がこんな力を引き出すとは。ならば最後の手段。スポイトで二、三滴、唇を湿らせた。今度は風味が分かったようだ。同時に何かひらめいた様子。中心静脈栄養の点滴と酒瓶を交互に指さし、その指を自分の口に入れた。「点滴方式なら酒が飲めるという意味か」「そこまでして飲みたいんか」。弟の声が続いた。父の酒癖で苦労した母(82)は、あっちを向いて寝ている。こんな雰囲気、昔もあったな。何だか懐かしい。

 思えば、郷里への転属を上司に申し出たのは、四年前だったか。当時は昔を懐かしむ余裕などなかった。認知症を発症していたであろう母は介護のストレスで半狂乱だった。炊事もままならず、父は十分な食事もできないでいた。月に二、三度、高速バスで帰っても意味がない。電話から聞こえる母の悲鳴。選択の余地はなかった。私は東京でのキャリアをあきらめた。

 (三浦耕喜)

 

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