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生活部記者の両親ダブル介護

(39)覚えていた「ダ・ン・ナ」 久々、ひとつ屋根の下

「ダ・ン・ナ」の再現を試みたのですが、母は涙ぐむ父を見やるばかり。手を取らせたのがいけなかったのかもしれません

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 例によって「年寄りには大きな病院で長養生させない」という国策により、のみ込む力が回復しないまま、父(81)も転院することとなった。

 すでに母(82)の時に経験済みだ。だれに相談し、どんな手続きで、こんな物を用意して、費用はこれくらい、という見通しが立つ。以前は何も分からず、母がどうなるか不安だったが、流れを知っているだけでも安心感がある。

 気持ちに余裕があれば、希望も湧く。「父も母と同じ病院に入れたらいいな」。それまでは別々の病院で、夫婦が会う機会も乏しかった。父の同意を得てソーシャルワーカーさんら病院側に「○○病院への転院を希望します」と伝える。意思が明確なら話は進めやすい。病院間で連絡し、「何人待ち」という情報も入る。転院のめどとされる「九十日」を超えても、事情をくんで待っていてくれた。

 それから二カ月余り。希望通り父は母のいる病院に転院することができた。部屋は別だが、夫婦久々に「ひとつ屋根の下」で過ごすことには相違ない。

 医師の診察の後、そろそろ部屋に移るかと思わしき時、看護師さんが小走りで待っていた別室にやってきた。「お母さま、お父さまのこと、しっかり覚えていましたよ! 『この人どなた?』と尋ねたら、はっきり『ダ・ン・ナ』と!」

 実にうれしい知らせだ。ただ、そのシーン、直接この目で見たかった…。母の部屋に寄ってほしいと頼んだ時に、家族も立ち会わせてと伝えるべきだった。恐縮しつつ私は看護師さんに頼んだ。「それ、もう一度再現してもらえませんか?」

 (三浦耕喜)

 

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