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生活部記者の両親ダブル介護

(25)介護保険 つぶされないために

朝日新聞に載った拙著の記事に目をやる母。何度説明しても「わけあり」を「わけあう」と読んでいました

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 うれしいことは、まず母親に伝えたくなるものか。最近の連載を思い起こして気付く。今もそうだ。助手席のリュックには今朝早く入手した朝日新聞が入っている。普段は父(80)の施設から回ることもあるが、こんな時は必ず母(81)の病院からだ。

 拙著「わけあり記者」(高文研)の記事が朝日新聞に載った。「著者に会いたい」という書評のコーナーで、私の写真付きだ。競争激しい新聞業界。他社の記者の著書を紹介してくださるとは。採用試験で御社に落とされた“恨み節”も書いたのに。

 「それだけ過労も介護も闘病も普遍的なテーマですから」。取材に来た記者は言った。なるほど。「普遍的」とは、自分ひとりではない、誰もがそうだという意味だ。でも、あの時は暗闇の底にひとり落ちていく心境だった。そこからはい出るべく、介護保険に助けを求めようとしたが、他人が家に出入りするのを父が拒んだ。父は私の妻の名も口にして、東京で働いていた私に言う。「こっちに来い」

 言葉を選んで父に言う。「分かりました。『家の方』へ異動できるように努めます。でも、すぐは無理なので介護保険を使いましょう」。まるで「『消防署の方』から来た」と消火器を売り付けるような言い方だ。「同居する」とは言わなかった。母も認知症が進んでいた。同居でダブル介護となれば、つぶされるのは私であり、それ以上に妻だ。ずるいと言われても構わない。私にも暮らしがあり、それを支える仕事があり、守るべき妻がいる。

 ともかく本人も同意した。地元の「地域包括支援センター」に東京から電話をかけた。

 (三浦耕喜)

 

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