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生活部記者の両親ダブル介護

(4)一喜も一憂も 「久しぶりに食べた」

母にミカンを食べさせる弟。弟がやるとよく食べます

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 「介護で一喜一憂するのは禁物」とよく言われる。でも今日は、「一喜」をかみしめようと思う。長いこと点滴だけで、口からの食事を受け付けなかった母(80)が、久しぶりにものを食べた。

 「ミカンなら食うんやないかな」。思いついたのは弟(44)だった。肉も魚も好まぬ母だったが、確かにかんきつ類は食べていた。酒を飲みに家を出た父を待つ夜、ストーブの脇で私たち兄弟にミカンをむいてくれたことを思い出す。

 病院に家族がそろった時にミカンを持参した。弟に手渡すと、弟はまず丁寧に手を洗い、皮をむきはじめた。小房に分けると、袋を破って実だけを取り出した。「袋は食べん人やからね」と弟。手で口元に運ぶと、母は口の中に受け入れてかみ始めた。「うまい?」との問いにうなずく母。傍らの父(79)も「食っとる、食っとる」と車いすから身を傾ける。母は丸々一個のミカンを平らげた。

 正直、「一憂」ばかり繰り返した。介護を予感して本気でまずいと案じたのは、帰るたびに台所が荒れていったこと。卓上は食べかけの総菜の類いで隙間もない。床には散らかったビニール袋の間にナスやらダイコンやらが埋もれている。冷蔵庫には賞味期限切れの肉や豆腐の奥で、キュウリが液状化していた。

 親の老いを発掘しているようで、片付けながら切なくなった。食器棚の下を開けると、昭和時代のサイダーがほこりにまみれていた。幼いころ、誕生日やクリスマスに親からもらっていた銘柄だと気付く。しばらく眺め、そのまま扉を閉めた。だからサイダーはまだ家にある。

 (三浦耕喜)

 

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