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生活部記者の両親ダブル介護

(3)食べることへの執着 命をつないできたもの

母を見舞う父。母の目元にも涙がにじんでいた

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 この夫婦のもとに生まれて四十六年になるが、父(79)が母(80)の手を握る姿を見るのは初めてだ。晴れた日曜日、施設から父を連れ出し、母のいる病院へ向かう。時間はかかるが、車いすから車への移乗は自力でできた。父は元気そうだ。

 病院で車いすに移り、ベッドの脇で母と対面する。口からの食事を受け付けないことは知らせてある。しばらく無言で見つめた後、父は点滴の刺さった母の右手に自分の手を重ねた。「飯が食えんのか。飯、食わんといかんぞ」。父はかすれた声を絞り出す。「甘い物はどうや。わしは、さっき、どら焼き食ったぞ…」

 落涙する父を見ながら、行きの車中で父がどら焼きを一気食いしていたことを思い出す。父は真っすぐ病院に行かずにコンビニに寄り、甘い物を求めるようせがんだのだ。笑いをこらえる妻の顔が目に入る。

 思えば、食べることに意欲がなくなったのも、母の認知症の兆しだったのかもしれない。実家にたまに帰る身だったが、気付くチャンスはあった。

 ベルリンから戻った翌年の正月。元旦の食膳から煮しめが消えた。それまで母は、具材を別々に煮込んで合わせるなど、手間をかけて作っていた。聞くと、「お父さんと二人だけやで」と母。そんなものかと聞き流していたが、冷蔵庫やごみ箱にスーパーの総菜のパックが増えたのもこのころだったように思う。「割烹(かっぽう)も習ったの」と自慢する母だったのだが。

 食べることへの執着が頭を働かせ、命をつなぐ。病院から施設への帰り、「わしは心配ない。まだ食べられるで」と父は言った。(三浦耕喜)

 

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