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生活部記者の両親ダブル介護

(2)親の老いに気付く時 母の好物が分からない

母親にご飯を食べさせる筆者。子どものころ、こうやって食べさせてくれたのは母でした

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 自分の親なのに、知らないことばかりだと気付かされる。母(80)の熱が下がらないと施設から連絡が入り、急きょ入院の手続きを取った。何日かして熱は下がったが、病院食をなかなか食べてくれない。看護師さんが言う。「本人の好きな物をご持参くださいませんか」

 母の好物って何だっけ。親には食わせてもらうばかりで、食べさせた経験がない。子どもには一品増やしても、自分は粗食で済ませる母だったので、何かを喜んで食べている姿も記憶にない。話の通じるうちに聞いておけば良かった。あれこれ迷って果物の缶詰を選んだが、口に合うだろうか。

 知らないといえば、親が老いる姿もそうだった。正直に言えば、まだ大丈夫だろうと安心していたかった。今から振り返ると、あれが兆しだったのかもという数々のシーンを思い出す。

 二〇〇九年、三年の任期を終えて、楽しかったベルリン特派員から戻ったころのこと。散歩の供に犬を飼い始めたと母から聞いていた。どんな犬かと実家を訪ねると、庭に茶色い雑種の中型犬が、所在なさげに地面を嗅ぎ回っている。殺処分になるところを、父が引き取ってきたのだという。

 だが、半年後に帰郷した時、犬はどこかに消えていた。父は「犬に引きずられて転んだんや」とあごをさすっている。前歯も折ったそうだ。老夫婦では犬一匹世話できなくなったと、不幸にも犬は元いた保健所に戻されたのだった。

 以来、父は出歩くことも少なくなった。足踏み運動器などの健康器具は増えていったが、どれも長続きしなかった。着実に父の足腰は衰えていった。(三浦耕喜)

 

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