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生活部記者の両親ダブル介護

(1)要介護度、母は4、父は3 家族で力合わせて

父と母。ツーショットで並ぶのは随分と久しぶり

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 「耕喜か…」

 母(80)の一言にほっとする。ぼんやりした口調だが、とりあえずよかった。息子の顔は分かっている。車いすから伸べられた母の手を握り、笑みを浮かべようと努力する。

 傍らでは、同じく車いすの父(79)が歯の抜けた口で何やら言っている。甘い物はないのかという問いだと理解する。「今日は持ってきてないの」と妻が答えると、父はあからさまに不平そうな顔をした。

 わが家に大介護時代がやってきた。父母ともの「ダブル介護」だ。母は要介護4、父は同3。同じ特別養護老人ホームに住む。母はアルツハイマー型の認知症で、自分が今どこにいるかも分かっていないようだ。

 こちらは車で一時間ほどの名古屋市内に住む子どものいない夫婦。私は今年で四十六歳だ。実家近くで妻子を養う弟と、力を合わせて両親を支えている。平日の手続きなどは妻が担い、休日は私が通って、夜間の急な呼び出しには弟が対応している。父母とも時々、体調を崩して入院することもある。

 これまで、東京からの「遠距離介護」も体験。認知症を発しつつあったのだろう母が、在宅で父をケアする「老老介護」も支えた。離職こそしなかったが、実家近くへ転属を申し出る「介護転勤」も経験した。時間の感覚を失った母をなだめ続け、夜を明かしたこともある。

 生老病死はだれにも避けられない。世話をするのかされるのか、いずれはだれもが介護の当事者になる。四十代を超えれば、親の人生の総仕上げも見えてくる。右往左往の私事ながら、記者の体験をつづりたい。(三浦耕喜)

 

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