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あの人に迫る

星野概念 精神科医・ミュージシャン

写真・中西祥子

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◆小さな声も聴き同じ目線で共感

 ケガをしたら外科に行くように、つらい気持ちがあるなら精神科医に相談してほしい−。医師でミュージシャンとしても活動する星野概念さん(40)は、診察室を飛び出し、精神医療の基礎知識や診療の実際などをさまざまな形で発信する。心の不調を訴える人が多い今の社会。大切にしているのは「傾聴と共感」だという。

 −作家やクリエーターとして活躍するいとうせいこうさんの主治医として、いとうさんと対談した「ラブという薬」という本を興味深く読みました。

 いとうさんの多くの偉業をもちろん知っていましたが、実際にお会いしたのは、いとうさんがメンバーの「クチロロ」というユニットのライブサポートで僕が参加した時です。何度か一緒に舞台に立つ機会がありましたが、あるとき「星野君、今度カウンセリングに行っていい?」と。

 いとうさんのパブリックイメージって、キレッキレでモノをすごい言う、みたいなものだと思います。本人もずっと人に弱音を吐けず、カウンセリングに行けなかったと。

 僕はケガをしたら外科に行くように、落ち込んだら心の傷の専門家である精神科医やカウンセラーにすぐ相談に行けばいいと言っています。いとうさんのような方が「我慢することをやめて、行ってみた」という体験を本にしたことで、「価値観が変わった」と言ってくれる人がいたことを良かったと思っています。

 −ウェブサイトや雑誌などで書いたり、トークショーで話したりもしています。

 本を読むのも、ものを書くのももともと好きでしたが、精神科医で音楽の現場にも時々いるというのを面白がってくれたウェブや雑誌の編集者が目に留めてくれて。精神医学のことを軽いノリで書くことが、専門家としていいことなのか、と思ったりもしました。でも、病院の中のことや学問の体系とか、一般の人はこちらの予想以上に知らない。間違いがないことを前提に誠実にアウトプットすることで、引っかかりを持って調べたり考えたりしてくれる人がいるかもしれない。アウトリーチの拡大解釈版みたいに捉えています。僕は一般精神科医なので、自分自身も日々勉強しながら、その結果をゆるい形で発信することは悪いことじゃないと思っています。

 −一般の人が精神医学や心理療法について知識を持つことの意義は。

 心ってすべての人が持っているもの。いい時ばかりではなくて、もやもやしたりとか、人とうまくいかなくなったりということが必ずある。自己流で対処するというのでも基本的にいいとは思いますが、「ちなみに」専門的なところではこういう感じでやっているよとか、脈々と受けつがれてきた理論はこんな感じなんだよ、ということを知れば、迷路が少しだけ整理されるかもしれない。

 クリニックにかかったり、カウンセリングに行ったりすることで、「あの人行ってるんだ」「何かちょっと近寄りがたい」というふうに思われたくないという風潮って今も強いですよね。妄信する必要はないけれど、敷居が高すぎる現状を変えたい。床屋さんに行く感覚で、カウンセリングに行こうと思ってもらえるようになればいいなと。

 −精神科医として大切にしていることは。

 分かりきれないことを前提に、なるべく分かろうとするという姿勢です。病気の方の悩みは分かりきれないし、治っていくのは患者さん自身。その人の生きにくさが減るように、増えないように支えるのがぼくたちの仕事です。

 そのために、診察では「傾聴と共感」を確実にしなくてはならない。聴くということはそれだけで「イエス」の姿勢を示すこと。心の問題や人生の問題を扱う精神科医って、やはり他の領域とは違うと思います。治せるすべみたいなものがあればやりますけど、今現在そういうものはない。幻聴を取り除ける、つらさや不安が和らぐということに有効ならもちろん薬も使いますが、それは痛み止め的なもの。なかなか払拭(ふっしょく)できない心の底にたまった重さみたいなものを診察室では一緒に抱えたい。上手に話せなくたって、言いたいことをまとめられなくたっていいんです。

 −SNS社会では、やりとりのスピードが求められ、だれかの話をじっくり聴く機会が減っている気がします。

 時間をかけて考えたり、「小さい声」を気にするというのが難しくなっているかもしれない。僕は、二〇一六年に起きた相模原市の知的障害者施設・津久井やまゆり園の殺傷事件がきっかけで、小さな声にも耳を傾けることへの意識が増しました。その年の三月まで非常勤で週一回、十年くらい働いていて、亡くなった十九人にも薬を出したりしていました。後任が見つかって辞めた四カ月後に事件が起きたので、ほんとにショックでした。

 事件の後、報道でも勤務している病院でも、容疑者がどういう人だとか、どういう病気だとかという話ばかりだった。けれど、僕はそういう話をする気になれなくて。それよりも、死んじゃった人たちはもちろん、助かった人たち、園にいた看護師さんやスタッフたちのことばかり考えてしまって。自分にできることはないかと、勤務している病院にかけあって、助かった人たちを一時的に病棟で受け入れたりもしました。

 −入所者を支援する人たちの立場に目が向いたのですね。

 障害の重い人が多い施設では、スタッフは引っかかれたり、罵倒されたりすることもありながら、みんなめちゃくちゃ一生懸命働いています。教科書に書いてあるセオリーとかもまったく通じない中、工夫してやっていてすごいなと思ってきました。

 やまゆり園は、最重度の障害がある人たちやその家族にとっては、とりでだけれど、「あってないもの」みたいな場所だった。そこにいきなり極端にスポットライトが当たった。何とか踏ん張って事件後の対応をしている人たちが、記者に追いかけられて眠れないとかいう話を聞いて、何だかうーんと思ってしまった。そもそも、死んじゃった人とか傷ついた人たちのことを知ってるのか、とも思って、知的障害ってこういうことですよとか、施設では入所者たちが快適に過ごせるようにこういう工夫がされていますよ、という内容を「いろいろな目線」というタイトルで衝動的に書き、ブログに載せました。

 −自身の「目線」に変化はありましたか。

 病気だったり、障害があったりする当事者の立場に寄り添いたい、分かりたい、という気持ちは事件を境に強くなりました。診療の場では、精神科医とカウンセリングなどを行う臨床心理士が連携すべきだと思ってきましたが昨年、自分でも臨床心理士の資格を取りました。病気や障害ではなく、その人自身と向き合いたいという決意表明かな。ミュージシャンとしての自分も含め、いろいろな目線を持つことが冷静さを忘れないコツだと思います。

 <ほしの・がいねん> 1978年、東京都生まれ。北里大医学部卒業。幼いころから人体の不思議に引かれ医学部へ。未解明なことが多い領域と感じ、精神科に進んだが、学生時代もプロのミュージシャンになる夢を持ち、バンド活動に没頭していた。常勤医となってからは、精神医学や心理学を身近に感じてもらおうと、執筆活動も精力的に行う。連載に「めし場の処方箋」(Yahoo!ライフマガジン)、「本の診察室」(雑誌「BRUTUS」)、「フーディの憂鬱(ゆううつ)」(雑誌「ELLE gourmet」)、「あまから恋わずらい」(雑誌「Hanako」)がある。音楽活動も継続中。「ラブという薬」(リトルモア刊)は、いとうせいこう氏との対談で構成された共著書。

◆あなたに伝えたい

 敷居が高すぎる現状を変えたい。床屋さんに行く感覚で、カウンセリングに行こうと思ってもらえるようになればいいなと。

◆インタビューを終えて

 星野さんには医師になってからも、ミュージシャンとして成功したくて、音楽活動に専念していた時期があった。うまくいかずバンドは解散したが、当時は、集客のためにマーケティングの本を読み、「結果が出ないことは意味がない、合理的に生きたいと思っていた」という。「あいまいなことも自分の中で飼っておいていい」という今の生き方は、「自分には価値がない」とまで思い詰めたその挫折経験を経て、たどり着いた場所なのだと教えてもらった。

 生きる意味とか、生産性とかいう言葉が氾濫し、時折どこかで息をつきたくなる。星野さんの診察室は、患者さんにとってそんな場所なのだろう。

 (小林由比)

 

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