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あの人に迫る

今井紀明 認定NPO法人D×P理事長

写真・川北真三

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◆若者の生き方に 幅広い選択肢を

 十四年前、イラクの武装勢力に拘束され、帰国後に「自己責任」と批判された青年を覚えているだろうか。十代で社会から否定され、対人恐怖症に苦しんだ彼は今、通信制や定時制の高校生の支援に力を注ぐ。「自己責任の言葉で若者を切り捨てない」。そんな思いで活動する今井紀明さん(33)のもとには、多くの若者から悩みが寄せられている。

 −イラクで解放され、「自己責任」の言葉でバッシングを受けました。

 街で突然殴られたこともあった。人と話したらやばい、外に出たらやばいと、徐々に自分を閉じていった。引きこもりは半年ほど、対人恐怖症は四年ほど続きました。手紙も百通以上来ました。「死ね」とか。差出人がどんな人か知りたくて、返信もしたし、会いにも行きました。事件から一年以上たってからですけどね。会ってみたら、普通の人ですよ。「不登校の娘がいて、あなたを否定することは娘も否定することだと気付いた。あの批判は何だったんだろう」と自戒していた人もいました。

 −立ち直れたのはなぜですか。

 人に助けられたからですよ。高校の担任が願書を書いてくれたおかげで大学に入れた。大学では、後に共同創業者になる後輩が支えてくれた。大学二年の終わり、「国民の半分に否定された気持ちが分かるか」とぐちを言うと、彼は「分からないけど、自分と向き合うしかないよね」って。そのとき、自分で変わらないと、一生このままだと思った。それをきっかけに怖かったけど、一人でもう一回海外に行き始めたんです。

 あと、就職活動で吹っ切れた。最悪でしたけどね。面接も六十社ぐらい受けましたが、自分の過去を隠していたので、全然受からないんです。「どこでも役に立てないんだ」と、自己肯定感がどんどん下がっていきました。それで、もう過去を隠すのをやめようと吹っ切れてから、内定を取れた。そこからが僕のスタート。だから僕、止まっていた時間が長いんですよ。

 −なぜ認定NPO法人D×P(ディーピー)の活動をしようと思ったのですか。

 大学卒業直前、自宅で週一回、一年生の悩み相談会を開いていたんです。そのとき、大学生ってこんなに自己肯定感が低いのかと。「自信がない」とか「死にたい」とか。そんなこと思う必要ないよって。

 その後、アフリカのザンビアに三カ月行きました。たまたま学校の増築を手伝うことになり、現地の小中学生に英語を教えました。向こうの子は、人とのつながりもあるし、将来の方向性もしっかり語れていた。

 それで、日本の方がまずいなと。日本は、豊かだからこそ、みんながSNS(会員制交流サイト)でつながっているからこそ、現実の関係性で困っている子や経済的に厳しい子が孤立していっている。しんどい状況にいる、コミュニティーに交わる機会がない、あきらめる。負のサイクルから抜け出すって大変ですよ。

 経済的に厳しかったり、親から搾取されたり、いじめを受けたり。才能が生かされないのは、本人のためにも社会のためにももったいない。D×Pが目指すのは、若者が自分の未来に希望を持てる社会です。

 D×Pでは、まず大人との信頼関係をつくる授業から始め、定時制高に設けた相談室やスマートフォンアプリの「ライン@」で就職相談に応じています。活動二年目から授業が学校の単位として認められるようになり、今では関西と関東、札幌で年間八百〜千人の子と関わっています。

 今、卒業生やボランティア、スタッフなどが住める場所をつくろうとしています。家族だけで人を支えられないと思うので。例えば介護。自分の祖母も見ていましたが、今、家族だけで支えるのって相当しんどいですよね。子どもがいない家庭や独居老人も増えている。たぶん僕らの世代では、もっと増える。子どもがいる家庭も大変です。家族より大きな形で支える仕組みができないかと。何かあったとき、人とのつながりを生かし、失敗しても帰ってこられる場所を築こうと思っています。

 −実際に支援した若者のことを教えてください。

 例えば、先日カメラマンとして独立した子。彼は、六年間不登校だったんですが、高校一年から関わりました。写真集を出し、写真展を開き、企業でインターンして成功体験を積み、ウエディングの会社で働いた後に独立しました。

 大学に進んだ子も多いし、障害がありながら正社員で就職した子もいる。まず大人との関係性を築き、社会で成功体験を積めたのが大きいと思います。

 持病の発作が不安という定時制の子には、とりあえず「将来結婚したいか」と聞いて。「結婚したい」と言うから、「だったら稼がなきゃいけないよね。就職を目指してみようか」と。職場体験や見学を重ね、ようやく何社か受け、最後の一社に受かりました。

 −ツイッターに全国から相談が来るそうですね。

 めちゃくちゃ来ます。虐待や不登校、起業とか。僕のツイッターに連絡が来すぎたので、ライン@で就職相談に応じるD×Pのアカウントを始めました。

 きっと周りに大人がいないんですよね。学校しか行っていないと、よっぽど良い先生に恵まれたりしないと、本当に本人のことを考えてくれる大人ってなかなかいないですよ。親にも相談できない子や学校にも通えていない子だったら、もっと大変ですよ。

 −昨年は、サハラ砂漠マラソンを完走しました。

 走りたいと授業で話したら、生徒が「どうせあきらめるでしょ」と言うので、だったら走ろうと。寄付も集め、五百万円以上いただきました。

 六日間で二百五十キロを、食料や水など十キロを背負って走りました。砂漠って足が埋まって全然進まないし、景色も変わらない。初日から足の裏の皮がむけて激痛です。荷物が重すぎたので二日目に食料を捨てたら、終盤に食料が足りなくなった。他の人にもらえないルールなので、低カロリー状態で走りました。気温も四六度とか。最悪ですよ。

 でも、出て良かった。「あきらめなければ、何とかなる」と、卒業生にも話していたので。「のりさんのおかげで頑張ろうと思いました」って、生徒からめっちゃ言われました。

 −今秋は、チリでアタカマ砂漠マラソンに挑戦するそうですね。

 高度三千メートルの砂漠を二百五十キロ走ります。僕、いろんな人に関心を持ってもらいたいんです。D×Pの価値観はおもしろいから、仲間をつくりたい。いろんな人を巻き込みたいから、いろんなことをやっているだけなんです。

 昨年度の予算六千五百万円は、ほとんどが寄付です。多くの方に支えられているおかげで、進学や就職以外の道を生徒に勧めることができます。就職か進学、という固定概念は、若者にはすごいプレッシャーです。それ以外の生き方をつくることで、希望をもって生きられるように価値観を変えたい。

 −拘束事件後の経験が今につながっていますか。

 他者や自分の苦しみ、引きこもっていた期間の長さ、人の支えの大切さ。そういうものを感じられたのが、あの事件からの四〜五年だと思います。あれがなかったら、他者のことを気にせず、自分のやりたいことだけをやる人になっていたと思うんです。いろんな人の生きづらさに触れられたからこそ、今のD×Pがあると思いますね。

 <いまい・のりあき> 認定NPO法人D×P理事長。立命館アジア太平洋大卒。1985年、札幌市生まれ。高校在学中にイラクの子どもを医療支援する非政府組織(NGO)を設立。その活動でイラクを訪れた2004年4月、武装勢力に人質として拘束される。解放され帰国後、政府の退避勧告に反してイラク入りしたとして「自己責任」の言葉でバッシングを受け、対人恐怖症になった。大学卒業後、大阪の専門商社勤務を経て、12年にNPO法人D×Pを設立。自分と同じように大人から否定された経験を持つ若者を支えようと、通信・定時制の高校生のキャリア教育事業を展開する。運営資金の寄付を、D×Pウェブサイトで募っている。17年サハラ砂漠マラソン完走。

◆あなたに伝えたい

 就職か進学、という固定概念は、若者にはすごいプレッシャーです。それ以外の生き方をつくることで、希望をもって生きられるように価値観を変えたい。

◆インタビューを終えて

 取材に先立ち、通信制高校でD×Pの授業を見学させてもらった。ボランティアの大人と高校生がグループになり、自己紹介したり、自分の経験を話したり。スムーズに会話が進むグループばかりではないが、中にはいじめの経験を打ち明ける子もいた。大人との信頼関係を築くことを目指すこの授業は、相手を否定しない姿勢を大切にしているそうだ。

 十代で世間に否定され、引きこもりを経験した今井さん。周囲に支えられ、そこから立ち直った経験のおかげで今があると語った。

 多くの人に頼られる彼の姿を伝えることで、誰かを勇気づけられたらと思う。

 (豊田直也)

 

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