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あの人に迫る

渡辺守 NPO法人「キーアセット」代表

写真・黒田淳一

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◆里親の人生には深い意味がある

 親元で暮らせない子どもは、全国で約四万人いる。厚生労働省は、里親家庭への委託を増やしていく方針を示しているが、虐待などで心の傷を抱える子どもの養育は難しさもある。NPO法人「キーアセット」代表の渡辺守さん(46)は、里親の悩みに寄り添い、養育の質を向上させる大切さを訴える。

 −キーアセットの取り組みを教えてください。

 里親というと多くの方が法的な親子関係を結ぶ養子縁組をイメージしますが、私たちが対象にしているのは実親のいる子どもを一定期間預かる養育里親です。

 自治体から委託を受けて、対象エリアでポスティングをしたり、スーパーや郵便局でブースを設けたりして、里親候補者を集めています。希望者から問い合わせがあれば、スタッフが戸別訪問して詳しい説明をし、後日、研修などを受けてもらい登録に至ります。里親が子どもを受託した後は、十日に一回はスタッフが家庭訪問し、緊急の電話対応もしています。

 −養育里親というと「大変そう」というイメージを持つ人も少なくありません。

 世の中の子育て大変キャンペーンって少し過剰だと思う。私も二歳の娘がいますが、一人の親として実際に大変だと思いますよ。でも大変なこともあると伝えた上で、養育里親になることの何が素晴らしいのか、あなたの生き方にどれほどの意味を与えてくれるのかというメッセージをもっとポジティブに伝えていきたいです。

 −里親の楽しさとは。

 例えば、朝起きられなかった子どもが、自分で起きられるようになる。子どもが一定の年齢に達していたら、できて当たり前だと考える人もいるかもしれない。でもその子どもは、これまでに生活のリズムを整え、毎朝ちゃんと起きるように教えてくれる大人がいなかった。里親にとっては当たり前でも、子どもの過去を考えたら当たり前ではないんです。それを里親に気づかせて、一緒に成長を喜んでくれる伴走者、チームが必要です。それが私たちキーアセットです。

 −ご両親も里親をしていたんですよね。

 私が十八歳で、大学進学で家を出るのとほぼ同時に、両親が里親になりました。反対しましたよ。人さまの子どもの人生に関わるということを簡単にやってはいけない、そう思っていました。子どもを傷つけてしまうかもしれない。でもやらなかったら、それは子どもにとっていいことなのか、と今では思います。大人が誰もそのリスクを負わなかったら、子どもはそのリスクが精神的、経済的な問題として実際に表れた時に、一生背負い続けなければいけないんです。

 とはいえ、両親もかなり苦戦していました。三歳の時から長期養育していた男の子が中学校に上がって家で暴れて壁に穴を開けたり、金を盗んだりするようになった。母は悩んで、心身に不調をきたしていました。私も実家に帰れば、その男の子を遊びに連れていって、かわいがっていた。その子自身もすごく苦しんでいるのを見て、私が引き取ることに決めました。

 当時は三十五歳で、結婚はしていましたが子どもはいませんでした。自分が里親になるなんて考えたことはなかったけど、その時は他に選択肢が思いつかなかった。何というか、電車の中で目の前に倒れそうなお年寄りがいたから、手を貸して席を譲るという感覚に近いものです。

 −実際に里親になってみてどうでしたか。

 その子は高校二年生でうちに来たのですが、楽な方向に流れがちというか、それまで何かを一生懸命頑張った経験がなかった。口では大きいことを言うんですけどね。進路について話をしていたら「F1レーサーになりたい」と。英語の勉強から始めることを提案したんですけど、やる気が出なかったみたいで「もうレーサーはやめて、サラリーマンになる」という。

 大学の推薦入試を受けたけど、結果は不合格。私たち夫婦は、彼が落ち込んで、またやる気をなくしてしまうと考えていたんです。でも彼は「よし、僕、頑張るわ」って。そこから三カ月、本当によく頑張った。無事に合格しました。ああ、この子はこういう力を持っていたんだなと。だめだとか、無理とか言わずに彼に付き合って彼の成長を待って本当に良かった。

 うちにいたのはたった一年八カ月。私たちが育てたなんて口が裂けても言えないけど、たった一年八カ月でも里子の人生に入り込めて、里子の成長や前進を、シアターで言うならS席で見られた。こんなにぜいたくなことないですよ。

 子どもの育ちに関わることって、次の世代に自分を残していくことにつながるんじゃないのかな。僕という人間がいたことが、彼らの記憶の中にでも残っていく。それはエゴなのかもしれないけど、何事にも代えがたい喜びの一部ですね。

 −里親支援の必要性を感じたのは、両親やご自身の経験からですか。

 うちに来た男の子は、一分でも一秒でも早く私の実家を出ていきたいと思っていました。一方で、母は「命に代えてでも、育て上げる」と、一生懸命頑張った。私が里子を引き取って、二年後に母は病気で亡くなりました。その時に思ったんです。本当に母なりに命を、人生をかけて子育てしていたんだと。でも、里子自身はノーサンキューだった。里親が心の底から注いだものがノーサンキューって、悲劇にほかならない。何らかの形で、その子にポジティブな変化を生み出せるようにあってほしい。それが起きないのは、誰かが悪いわけではなく、何かが欠けている。それが僕の原点ですね。同じようなことは二度と見たくない。

 −今の里親制度に、欠けていることとは。

 子どもを委託した後は、里親任せ。中には、思いはあっても、養育や児童福祉への理解が十分ではない里親もいます。里子の行動が理解できず里親が苦しみ、関係が悪くなっていくというケースはよくある。委託家庭が何度も替わる子どものたらい回しも起きています。日本より先進して家庭養護に力を入れてきた英国などの西欧諸国でも問題視されています。アイルランドで八年間に六十回委託先が替わったという十九歳の女の子に会ったことがあります。でも彼女によれば「私は最悪ではない」と。もっと深刻な子どももいるという。先進諸国の失敗から、日本はもっと学ばねばなりません。

 −一昨年、児童福祉法が改正されました。

 一番大きいのは、子どもの育ちと巣立ちに対して、保護者と同様に自治体も責任を負うことが明記されたことだと思います。自治体って、誰と言ったら私たち有権者一人一人ですよね。お茶の間の人が、テレビで虐待のニュースを見て「とんでもない親だね」と言っているだけの社会では、もう済まされない。

 虐待事件が起きると、児童相談所が非難されますよね。でも一人のケースワーカーが百件も抱えている国なんて他にないですよ。税金の投入も人材も足りていない。それを許してるのは、私たち有権者です。地域社会の一員として、子どもの育ちと巣立ちに責任を負うことから、私たちはもう逃げちゃだめなんです。

 <わたなべ・まもる> 1971年、北海道生まれ。日本福祉大を卒業後、会社員経験を経てオーストラリアの大学院でソーシャルワークを学ぶ。2006年に里親登録し、高校生の男女の養育経験がある。世界60カ国以上の里親や関係団体で構成する「国際フォスターケア機構」(IFCO)の理事を、07年から6年間務める。10年にNPO法人「キーアセット」を設立し、これまでに東京都や大阪府など5自治体から委託を受けて、里親委託推進や養育支援に取り組む。1児の父。

◆あなたに伝えたい

 里子の成長や前進を、シアターで言うならS席で見られた。こんなにぜいたくなことないですよ。

◆インタビューを終えて

 関西弁交じりのサバサバとした口調で、里親支援の重要性や課題を語ってくれた。里子の話になると、口調は一転ゆっくりに。思い出をいとおしむように丁寧に言葉を紡いでくれた。

 問題行動のある子どもが複数の里親家庭を転々とする問題は、里親には挫折感を、子どもには「また見捨てられた」という感情を残し、双方にとってトラウマになる。これまでの「手を差し伸べたい」という思いがある里親のスキル(技術)任せを脱し、支援が広まることを願う。

 (芳賀美幸)

 

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