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あの人に迫る

坂元雅行 「トラ・ゾウ保護基金」事務局長

写真・朝倉豊

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◆根拠なき「伝統」幻想は壊さねば

 絶滅の恐れがある動植物について国際取引を規制するワシントン条約締約国会議は二年前、象牙取引の国内市場閉鎖を決議した。だが、印鑑や和楽器にも象牙が使われる日本は市場を存続。風当たりは強い。日本の何が問題なのか。象牙規制の代表的論客、NPO法人「トラ・ゾウ保護基金」事務局長の坂元雅行弁護士(55)に聞いた。

 −この二年間、警視庁などによる象牙の違法取引の摘発が続きましたが。

 しかし、多くは(送検後に)不起訴になりました。検察庁の意識として、日本での象牙取引がアフリカなどの生息国でゾウの密猟を招き、種の絶滅につながるという認識が欠けている。希少動物の違法取引で起訴された被告の弁護人も、被告本人が直接手をかけたわけではない、と弁明しますが、ことは目の前の一頭の問題ではないのです。動物が絶滅すれば、その動物を大事な構成要素としている自然が破壊され、その地域で暮らす人々に深刻な悪影響を及ぼします。

 −日本には象牙の加工産業が存在しており、政府はその存続にも配慮します。政府の姿勢が検察の判断に影響しているのでは。

 司法判断に政策的なバイアス(偏向)がかかっているというより、優先順位が低いのでしょう。違法取引はマニアなど一部が関わっているだけで、大多数の国民には無関係だと誤解しているのかもしれない。実際には、経済産業省も(象牙産業の存続を国際社会に認めてもらうために)捜査機関が違法取引を厳しく取り締まっているという実績を示したいはずです。

 環境省は「種の保存法」の罰則を強化したものの、あとは捜査機関がやることだと。米国では環境当局が自ら取り締まり権限を持っています。日本でもせめて、環境省が司法当局に働きかけ、意識を変えてもらいたい。省庁間の人事交流を進める手段も考えられます。

 −日本には多神教の伝統もあり、多様な生命の存在を保全する生物多様性を理解しやすいはずですが。

 多くの人は(動植物を含め)万物に霊性がある、と意識しているかもしれませんが、建前と本音との乖離(かいり)が激しく、そこにビジネスがつけ込むわけです。

 −象牙加工業者はゾウの供養をしています。材料の象牙を無駄にしないように細かいところまで利用しているとも聞きました。

 余さずきれいに使いましょう、感謝の気持ちで頂きましょう、(ゾウの命の大切さを)忘れないようにしましょう、そうした意識があれば象牙の利用が許される、という考え方です。利用しないで済ます、という選択肢がない。種を商業的に利用すること自体を制約しなければならない、という意識が低いのです。日本人には、自然は無尽蔵との意識が強いのではないでしょうか。温暖で水が豊かなせいかもしれません。

 −捕れるものは捕り尽くす。資源を残すよりも大漁をことほいで旗を掲げる大漁旗の発想ですね。

 漁業は、もともと沿岸で乱獲し沿岸漁業をつぶしたため遠洋へ出て行った、という歴史があります。

 −周りがやっていれば競い合ってどんどん便乗する、立ち止まって広い視野から考え直そうとはしない付和雷同の傾向も…。

 乗り遅れることへの恐怖心がみられます。エキゾチックアニマルのペットでも、エリマキトカゲがはやったりフェレットがはやったり、流行があります。

 −一九八九年に象牙の商業取引が国際的に原則禁止となるまで日本は象牙の最大消費国だったとされます。

 日本で、かんざしなどの象牙加工が盛んになったのは元禄時代(江戸中期)とされています。三味線のばちも作られましたが、鎖国をしていた江戸時代には日本へ入ってくる象牙の量は限られました。明治維新以降、政府が外貨を獲得できる産業の育成に血道を上げたため、象牙加工が産業化したのです。

 −きっかけは。

 ペリーの使節団で日本へ来た人が根付け(巾着などのひもの先端につけて帯にとめる細工物)を見つけ、持ち帰ったと言われます。日本人からすれば、外国人がなぜそんなものを喜ぶのか不思議だったようです。

 当初は(一部のオスが牙を持つ)アジアゾウの象牙を輸入していましたが、足りなくなり、アフリカゾウの輸入が増大。戦争でいったんストップしたものの、戦後に進駐軍の売店に出したところ大受けし、輸入が復活しています。

 その後、日本の象牙産業を頂点に押し上げたのが印鑑でした。象牙の印鑑が本格的に出回ったのは、昭和三十年代の終わりから四十年代以降です。業界の聞き書きによると、ある人が占い的な要素と印鑑を結び付けて印相(印章の字体などから見た吉凶の相)学というものをひねり出し、最も聖なる素材である象牙の実印を書類に押せば家財が失われないなどと唱えた。訪問販売とも結び付き、象牙印の全国への普及に一役買いました。つまり「伝統」とは縁のない話です。

 隙間(産業)を見つけて一時期に大もうけし、消えたものは、なかなか歴史に残らない。今、皆が「日本の伝統」などと口にするものでも、その発端を探ってみる必要があります。幻想のように、何となくいいかげんなイメージが引き継がれてきただけかもしれません。人間の認識の様式との闘いという気がします。

 −日本では、ワシントン条約の専門研究者から、政府の姿勢を擁護する発言が聞かれますが。

 対象が国際交渉であるうえ、関連業界の実情がよく知られていないため、情報の入手や評価が難しい。研究者は、行政機関を通せば効率的に情報を集められ、信ぴょう性について最低限の逃げを打つことが可能になります。(当局者と信頼関係を築いて)情報をもらうので、断罪できなくなるのでしょうか。

 −アジアの国で、欧米の一部の環境活動家について「有色人種よりゾウが大事と考えているようだ」と人種的偏見を指摘する声を耳にしたことがあります。

 ワシントン条約が扱う問題は、途上国に生息する動物が先進国の消費活動によって絶滅の危機に陥っているという構図です。双方のNGOの間で不信感も生まれやすい。野生動物の保全が複雑化し、精緻になっており、昔のように欧米のNGOが単純に生息国を批判すれば済む状況ではありません。途上国側も対等な関係を主張しています。欧米のNGOは、先進国と途上国との信頼関係が大事だと経験から学んできました。

 −日本のNGOも、独自の視点で発信する必要がありませんか。

 欧米にもエゴがあり、世界の象牙需要の中心とされる中国も、国益を考える。それでも日本と違って、地球のための利益は何かという目を持っています。

 日本政府は自国の産業だけを考えてきましたが、世界から象牙の国内市場閉鎖を迫られている今こそ、転換点になるのでは。日本政府を動かし、国際的な政策づくりをしていくことが、われわれにとってのチャレンジです。

 <さかもと・まさゆき> 1962年、兵庫県西宮市生まれ。86年、京都大法学部卒。93年、弁護士登録。「野生生物保全論研究会(JWCS)」に参加し、96年に事務局長。2005〜06年、第二東京弁護士会環境保全委員会委員長。09年、JWCSを母体にNPO法人「トラ・ゾウ保護基金」を設立し、事務局長に就任した(現職)。09年から、イリオモテヤマネコ生息地調査保全委員会事務局を引き受ける。自然保護訴訟として、渡り鳥のオオヒシクイの越冬地(茨城県)や生田緑地(川崎市)の動物たちを巡る「自然の権利」訴訟などを手がけてきた。17年、「日本の国内象牙市場を閉鎖すべき、これだけの理由」と題する約250ページの報告書を発表した。

◆あなたに伝えたい

 検察庁の意識として、日本での象牙取引がアフリカなどの生息国でゾウの密猟を招き、種の絶滅につながるという認識が欠けている。

◆インタビューを終えて

 「昭和三十七(一九六二)年に入り、印相印鑑の販売方式が象牙印を主軸としたため、象牙の輸入を押し上げた」。印判用品の業界団体トップを務めた茂手木勇さんは、九三年に発行した「印信」で、印章の歴史を振り返っていた。約半世紀前、象牙印が全国へ大量に普及した事情が具体的に描かれている。

 一方で東京都は「江戸象牙」を伝統工芸品に指定し、三味線のばちを製作する職人などを伝統工芸士に認定している。

 もっとも、個々の製品が「伝統」かそうでないかの評価によって、希少動物の商業利用の可否を分けるのは不条理だろう。

 (嶋田昭浩)

 

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