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あの人に迫る

ブレケル・オスカル 日本茶インストラクター

写真・由木直子

写真

◆急須で淹れ一服 魅力を味わおう

 北欧・スウェーデン出身の日本茶インストラクター、ブレケル・オスカルさん(32)は国内外を飛び回り、急須で飲む日本茶のおいしさを伝える。コンビニやスーパーに並ぶペットボトルのお茶は消費を増やす一方で、急須でお茶を楽しむ人は少なくなった。いよいよ新茶のおいしい季節。急須を傾けながら、異国人の目から見た日本茶の魅力を語ってもらった。

 −日本茶との出合いは。

 高校三年生のころ、世界史の授業で日本の明治維新について学んだときに茶道の存在を知りました。今私が専門にしている急須で淹(い)れるお茶とは違う、抹茶の世界の話でしたが「なんでお茶を飲むために、わざわざ茶室を作ったり作法を覚えたりするんだろう」と不思議に思ったんです。ひょっとして普段私が飲んでいる紅茶より、日本茶の方が奥が深いからではないか。そう考えて、当時通っていた紅茶専門店に置いてあった日本の煎茶を買ってみることにしたんです。

 ところが、苦くて渋くて青臭くて、よく分からない味。ぜんぜんおいしくなかった。「しばらく試すのも悪くはない」くらいの気持ちで飲んでいたんです。そしたら、四回目くらいで爽やかな香りに気付いたんです。「ちょっと待てよ。やっぱりおいしいぞ」って。どんどん好きになって、資料やインターネットで淹れ方を研究して。紅茶屋さんに一種類だけあった常滑焼の急須を買ったんです。

 −二十五歳の時に岐阜大に一年間留学。その後、日本茶インストラクターの資格を取りました。

 留学は、日本文化を学びたいということもありましたが、日本茶の専門家になることが目的でした。日本茶を自分の仕事にしたかったんです。もしもワインやコーヒーの専門家になるなら、産地に直接行って情報交換しないといけないのと同じです。留学を終えていったん帰国した後、日本で就職先を見つけて働きながら勉強し、インストラクター試験に合格することができました。

 日本でお茶のことを学んだ後は、ヨーロッパに帰って日本茶を紹介する仕事をするつもりでした。日本には十分優秀な人がいるでしょうし、私が日本茶にかかわる仕事に就けるなんて思ってなかったんです。ところが、研修していた静岡県の茶業研究センターで、地元のテレビ、新聞からのインタビューや、業界誌に記事を頼まれるようになったんです。

 初めは、「私が日本語で記事を書くの?」と驚いたのですが、依頼主から言われたのは「なんでそこまで日本茶が好きになったのか。あなたから見て何が日本茶の魅力なのか知りたい」ということでした。そうこうしているうちに講演会を頼まれるようになって、今年の三月まで勤務していた日本茶輸出促進協議会から「働かないか」とオファーが来たんです。

 人間って自分の身の回りにあるものの良さを知らず、外国人に言われて初めて気付くことがあります。セミナーの参加者からは「初めて日本茶の良さに気付きました」とか「これを機に急須を買いました」という声を聞きます。セミナーや講演で日本茶の魅力を伝える仕事は楽しいし、日本人、外国人問わず好きな日本茶をもっと多くの人たちに知ってもらいたかった。

 私がスウェーデンに帰っても、お茶屋さんが現地で一軒増えるだけ。日本での情報も手に入りにくくなる。だったら、日本に残ってもいいんじゃないかなって思うようになったんです。

 −急須でお茶を淹れる文化が廃れているといわれています。

 実は来日する前、日本人は皆急須を持っていると思っていたんです。いろんな産地のお茶を楽しんだり、お互いにひいきの産地があって「ここのお茶が一番」「この急須の方がいい」とかけんかしたりして、お茶の文化を大事にしているんじゃないかと想像していたんです。だけど、そんなことはなくて急須を持っている人も少なかった。

 実際には、ペットボトルという形では日本茶はたくさん飲まれています。それ自体は悪いこととは思わないんですが、本当の意味で日本茶との豊かな付き合いをしたいと思うなら、たまには急須でお茶を淹れてほしい。もちろんペットボトルのお茶にもそれはそれで良さがある。キャップをひねるだけで、すぐ飲める。例えば新幹線の車内で駅弁を食べるとき、急須でお茶を淹れるのは難しいですよね。ペットボトルのお茶がなければ、日本人が日本茶に触れる機会はもっと減っていたでしょう。

 ただ、お茶の楽しみ方にはTPOがあって、日本茶の魅力を最大限に引き出そうとするなら急須を使わないといけません。

 −ブレケルさんが考える日本茶の魅力とは。

 目をつぶって飲めば茶畑が見えるような新鮮な香りです。そして最大の特徴は、淹れ方によって味と香りが変わること。冷たい水を使えば甘みとうま味を引き出すことができるし、熱めのお湯で淹れると渋味のよくきくお茶になる。同じお茶の葉を使っても、いろんな味わいを演出できる柔軟性があります。

 さらに一煎目はうま味と甘み、二煎目は渋味と香り、といったようにお湯を注ぐたび味が変化していくのも特徴です。ペットボトルのお茶は良い製品だとは思いますが、急須で淹れたお茶は別の物だと思います。

 もちろん毎日急須でお茶を飲む必要はないんです。週末だけでもいい、自分なりのお茶との付き合い方をしてほしい。日本人だからお茶を飲まないといけない、というわけではないんです。心の余裕がある時にだけでもいいんです。

 日本には、日本茶という良いお茶があるのに、飲まないのはもったいない。もちろんコーヒーを飲んだって、紅茶を飲んだっていいんですが、せめて日本茶をちゃんと試してからにしてほしいなと思います。

 −国内で出回るお茶の多くは、品質や味をそろえるため茶葉をブレンドした製品。それに対して、農園や品種ごとに個性のある「シングルオリジン」のお茶の普及を目指しています。

 日本茶って一般的に品質はすごく良いけれど、個性豊かなお茶はそれほどないんです。もちろん、ブレンドされたお茶はおいしいし、ペットボトルのお茶もおいしい。ただ、今の日本茶には、個性豊かな最高級品が欠けていると思います。

 私は、一カ所の農園で育てた一つの品種だけで仕上げたお茶をシングルオリジンと定義しています。農園や品種ごとに違う個性を楽しめ、ただおいしいだけではない面白い魅力のあるお茶です。

 たとえば日本茶カフェやお茶会に行った時、そんなお茶に出合えると、「日本茶っていいな」って思うことができます。日本茶全体のイメージを変えることができる、最高級のワインやウイスキーのシングルモルトのような存在。シングルオリジンの最高級品を、日本茶のフラッグシップとすることが必要です。私のような人間が需要をつくらないといけませんが、そうしたお茶があることで、日本茶の業界全体を元気にすることができるのではないでしょうか。

 <ブレケル・オスカル> 1985年、スウェーデン南部のマルメ市出身。高校時代に日本茶の魅力を知る。ルンド大日本語学科に在学中の2010年、岐阜大に1年間留学した。日本茶インストラクターの資格取得を目指して、大学卒業後に日本で就職。14年に欧米人で5人目の日本茶インストラクターになった。15年から1年間、静岡県茶業研究センター(菊川市)で研修。16年からは日本茶輸出促進協議会に勤務し、国内外で日本茶セミナーの講師を務めた。17年に「僕が恋した日本茶のこと」(駒草出版)を出版。18年4月に独立し、横浜市に「ブレケル・オスカル企画合同会社」を設立。今後も日本を拠点にして、日本茶の普及活動を続ける。

◆あなたに伝えたい

 (日本茶の魅力とは)目をつぶって飲めば茶畑が見えるような新鮮な香りです。

◆インタビューを終えて

 急須の産地、愛知県常滑市が私の取材拠点。地元の陶磁器業界で「日本人が急須でお茶を飲まなくなった」と嘆く声は多い。

 しかし、ブレケルさんは「ペットボトルのお茶からシングルオリジンまで多彩なジャンルがそろった今の時代、お茶に携わることがすごく楽しい」と言う。

 この四月に勤務していた協議会を退職して独立、独自ブランドのお茶を作る企画も進める。

 「日本茶の面白さに気付いている若い世代は多い。現状をよく見てニーズに応えていかないと」

 その目に映る日本茶の未来は、可能性に満ちている。

 (小西数紀)

 

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