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あの人に迫る

松井久子 映画監督

写真・榎戸直紀

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◆自分たちの憲法、興味湧く報道を

 国会で憲法改正の議論が活発になってきた。だが、そこに私たち国民の意見はあるだろうか。憲法は本来、私たち国民のものであり、国と権力者を縛るものであるはず。「今の改憲案は破壊の『壊憲』です」。映画「不思議なクニの憲法」の松井久子監督(71)の言葉には、憲法を軽んじる政治家への怒りがにじむ。

 −映画「不思議なクニ−」が公開されたのが、二〇一六年五月。以来、リニューアル版、一八年版と作り続けてきました。

 オリジナル版は、憲法に書いてあるのはこういうことだよ、という教科書的なものでした。上映会はすごい熱気でしたが一六年七月の参院選後、しぼんでしまった。その理由は、九条の矛盾を避けた内容だからじゃないかと思ったんです。そこで参院選後、九条の問題も自衛隊も沖縄問題も逃げずに議論しよう、と投げ掛けるものにしました。

 その後、安倍晋三首相が九条一項二項はそのままに自衛隊を明記すると言い出しました。改憲問題では、どうしても九条が話題になるけど、その先に必ず(非常事態の際に政府の権限を強化する)緊急事態条項を付けてくる。それが通れば、国家が国民を管理できるようになる。個人の尊厳や自由がなくなってしまう。だから、安倍首相の改憲案に反対する国民運動にしなきゃという危機感で一八年版を作りました。

 −自民党の改憲案になぜ反対するのですか。

 今の憲法にもたくさん問題点はあります。例えば「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し−(二四条)」とありますが、性的少数者(LGBT)の人たちはどうなのとかね。古くなっているところはあると思います。

 ただ、今の九条を突破口にしようというやり方は、本当に変えるべきところを変えようという議論になっていない。しかも国民が消極的です。ちゃんと議論しようというのなら、私は構わない。でも今のままなら、半分の人しか投票しなかったとしても、さらにその半分、つまり四分の一の人が賛成したら変えられちゃうわけじゃない。

 その危機感をこの世を去っていく者として、訴えたい。若い人たちに、いいんですか、と。国民の側から「変えたい」といううねりが出てきているわけじゃない。だから、今は変える時じゃないと思います。

 −確かに、改憲に向けた国民の関心が高まっているという気がしません。

 みんな日々の生活に精いっぱいで、頑張って生きているわけ。仕事をして子育てをして、さらに憲法を勉強しろ、関心を持てというのは酷です。そういう教育もされてこなかった。政治的なことは考えない、という雰囲気が浸透していると思います。

 私は「不思議なクニ−」という題名を付けたときから、この国はどうして人々が政治的なことを話すのはタブーなんでしょうと思っていました。政治的なことはまさに自分の生活、人生に直結しているのに。

 感じるのは、今の社会がいかに大事なことを考える余裕をなくしているかということです。何か疑問を持ったら生きづらくなるから、疑問を持たないようにしている。寄らば大樹の陰というか、受け入れる方が楽ですからね。そういう意味で「不思議な国ですね」というのは、主権者である国民への問い掛けなんです。

 −根本の問題はどこにあるのでしょうか。

 それは教育ですよ。小中高、特に中学生ですね。中学の義務教育の時にしっかりと憲法が教えられるべきだと思います。だけれども、政権を取っている自民党がこの憲法を愛せないわけだから。変えたいわけだから。それは無理ですよね。学校でも憲法のことをしっかり自分たちのものだって教えることができない。

 −今の政治で問題だと思うことは。

 安倍政権が成功しているのは、国家が国民を管理するということです。本当に民主主義がちゃんと機能していたら、政治家はすごく大変なんですよ。だから、政治は私たちに任せなさい。あんたたち国民は私についてこい。そういう国家が国民を管理する社会にしよう、というのが自民党政権の狙いです。

 国民は政府のごまかした言い方にだまされていると思うんです。憲法を変えたい政治家たちは、あんなに頑張っている自衛隊が憲法違反だと言われるのは気の毒だと言う。そう言いながら、上手に思い込ませていくというのが、積み重なっている気がします。

 −憲法問題について、私たちメディアは役割を果たせているでしょうか。

 森友学園や加計学園をめぐる問題は、報道で世論が動きました。メディアの力で人々の心が動くことが証明されたのです。ただその陰で、国は着々と改憲の準備を進めている気がします。気が付いたら自由が奪われていた、言論が縛られていた、そういうことにならないように、メディアは忘れずに報じてほしいと思います。

 憲法はわれわれ国民のものです。でも、憲法問題になると難しい言葉が出てきて「考えたくない」となってしまう。そんな人たちに対して、憲法問題が「あっ、自分のことなんだ」と思えるような報道の仕方があると思うのよね。

 特にテレビは、芸能人の不倫報道に時間を費やして、スケープゴートにして袋だたきにする土壌をつくっているわけですよ。メディアの罪です。そういう人たちが、憲法という国民全体で考えなくちゃならないことに対して、興味を持つようにつくる知恵がない。新聞も憲法問題を堅い言葉でしか語らない。政治もメディアも劣化していると思います。

 −私たち国民は、関心を持って憲法に向き合うことはできるでしょうか。

 韓国の朴槿恵(パククネ)政権が倒れたとき、人々が集まって百万人単位でデモをする姿を見てうらやましかったんです。映画でも触れましたが、ソウル大に行って南基生教授にそう伝えたら「日本には食卓やファッション、そういうところに平和を大切にする国民性がある。それが脅かされるようになったら、絶対に黙っていない。だから僕は安心しています」と言われました。

 政治運動でワーッと動くことはないかもしれないけど、日本人は生活平和主義という意味においてちゃんと動く。そう言われたのはうれしかったですね。希望が見えた気がしました。

 それに国民投票ではこの人に入れてやってくれ、という選挙のような義理がない。改憲案に賛成か反対かを黙って投票すればいいので、その意識を持って判断できる。そこで私のできることは何だろうと思ってこの映画を作りました。

 「不思議なクニ−」の本編の最後に出てくる人たちの名前は、映画のために寄付してくださった方です。こういうこぢんまりしたことでも、人に伝えることはできると思います。憲法って難しいから考えたくないという人を一人でも減らしたい。そして、私たちの生活と人生のことであることに、気付いてくれる人を一人でも増やしたいですね。

 <まつい・ひさこ> 1946年、東京都出身。早稲田大文学部演劇科卒業。フリーライターを経て、85年にエッセン・コミュニケーションズを設立、プロデューサーとしてドラマやドキュメンタリーなど多くのテレビ番組を企画・制作した。98年に映画「ユキエ」で監督デビュー。同作と、認知症となった義母の介護と家族の再生を描いた第2作「折り梅」(2002年公開)は、全国で自主上映会が開かれている。

 16年5月に初公開された「不思議なクニの憲法」は、「何を怖れる フェミニズムを生きた女たち」(15年公開)に続く2作目のドキュメンタリー作品となる。著書に「松井久子の生きる力(ソリストの思考術)」(六耀社)など。

◆あなたに伝えたい

 今の九条を突破口にしようというやり方は、本当に変えるべきところを変えようという議論になっていない。

◆インタビューを終えて

 松井監督にとって憲法とは「自由を保障するもの」だという。九条ばかりが話題になる憲法の根幹には、男女平等や表現の自由、基本的人権の尊重がちりばめられている。憲法に疎い自分こそが、憲法を軽んじているようで恥ずかしくなった。

 映画の中で「憲法は理想の書」という言葉が出てくる。戦争のない自由で平等な社会の実現をうたう前文の最後には「日本国民は(中略)この崇高な理想と目的を達成することを誓う」とある。人類普遍の永遠の理想を掲げているのだ。そのことを胸に刻んだ上で、議論の中身を見極めたいと思う。

 (住彩子)

 

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