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あの人に迫る

段文凝 中国人タレント

写真・五十嵐文人

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◆全てを受け入れ日中の懸け橋に

 NHK・Eテレ「テレビで中国語」に、二〇一一年四月から昨年三月まで六年間出演。その後もさまざまなメディアで「段ちゃん」として親しまれ、そのかわいいしぐさと魅力的な笑顔で中国語を学ぶ若者の人気が沸騰した中国人タレントの段文凝さん。若き中国人女性の素顔を知りたくて訪ねた。

 −東日本大震災の時、多くの外国人が逃げるように日本を離れていったのに帰国しませんでした。

 NHKの国際放送のアシスタントをしていた中国人留学生も帰国して、番組制作の人が困っていたので手伝いました。飲食店のアルバイトをしていた留学生も帰国して、店が営業できなくなるということもありました。私は皆が大変な時だから、何か役に立つことがあればしたいと思っていました。誰もが大変だったからこそ残りたかった、自分にできることが他人の助けになることがうれしかったです。もしあの時帰国していたら、きっと後悔したと思います。

 もっとも、東京から北京への便は当時席が取れませんでした。取れても片道で十万とか二十万円しました。親が名古屋にいる友達に頼んでくれて、名古屋から天津のチケットとれるよと言ってくれましたが「私は大丈夫。まだこちらで仕事もあるから頑張るよ」って答えました。ただ親が心配してくれるのも当然なので、毎日電話はしてましたけど。

 私の家の中は(地震の揺れで)ぐちゃぐちゃになって住めなくて、友達の家に泊めてもらいました。街を歩いても人も少なくて、夜は暗いし。電車もいつ乗ってもすいていました。なんか悲しい感じがしました。けれど私より大変な人は山ほどいました。当時大学院に入学前でボランティアのやり方が分からなくて、ちゃんとできなかったのが悔しいです。

 −来日する前は、故郷・天津のテレビ局でアナウンサーをしていました。

 天津師範大でアナウンサーになるための勉強をし、卒業して天津テレビ局で働きました。私はもともと内気なんです。周りの人は今でもだれも信じてくれませんが、子どものころから内気な性格を直したくて。だからアナウンサーを志しました。私はそんなに人生のプランをつくらなくて、強い思いがあって日本に来た、ということはないんです。ずっと天津で育ってきて、外に行きたいなと思っていました。

 漢方医の父は一年ほど日本で仕事をしたことがあり、日本が大好きです。北京の大学で日本語を教えている親戚もいます。だから日本は身近でしたね。それに中国の若者は皆そうですが、小さいときから日本のアニメに親しんでいます。そして(気付いたら)日本に来ちゃったんです。日本に来ることに反対とかはなかったですよ。お母さんは心配していました。でも強くは反対しなかったです。もう大人でしたから、自分で決断しました。

 −来日した時は日本語は話せなかった。

 全然だめでした。五十音表を覚えて、簡単な自己紹介ができる程度。最初の一、二年は電子辞書が手放せなかったです。日本語学校に通って、飲食店などでアルバイトをして日本語を学びました。一一年四月に早稲田大大学院の政治学研究科に入学できました。

 当時、テレビなどのメディア出演の仕事を始めたばかりで、大学院の授業の時に番組のメークのまま出席することもありました。いつも全然メークをしないから、そういうときは違和感がありました。教室に入ったら同級生に「あ、今日は仕事やってきたんだ」と言われて、ちょっと照れたりしていました。

 −名前の読み方、だん・ぶんぎょうと日本の読み方をしています。理由はあるのですか。

 日本語の読み方が読みやすいですよね。中国人の私としては最初違和感がありましたが、何年も日本にいると、慣れます。ただ濁音が多いので強く聞こえ、男の人の名前みたいに思われることもあります。それに中国語での発音は難しいですよ。

 −将来も日本で仕事を続ける予定ですか。

 あまり計画をつくらないんですけど、理想は日本と中国を行ったり来たりして、中国でも仕事をしたいです。懸け橋になりたいですからね。日本に中国を伝えるだけでなく、中国にも日本を伝えたい。

 反日、反中のデモがあった時期、中国の友達からは「外へ出ない方がいいよ、怖いよ」と言われました。「いや、怖いことなんて何もないよ」って説明するんですけど。今新宿区に住んでいるのですが、繁華街のイメージがあるので、皆びっくりして「女の子でしょ、そんなところに住むのは危ないでしょ」と忠告してくれます。「違うよ、早稲田大も新宿区にあるよ」って。お互いが本当のところを把握できずにいて、誤解を生んでいるのかもしれません。

 −中国のことをよく思っていない日本人もいます。嫌な目にあったことはありましたか。

 アルバイトしていて怒られたりとか、中国人だから部屋を借りられなかった、などはあります。中国人が嫌いな人もいます。だからといって日本が嫌いになる、ということはなかったです。性格ですね。嫌なことがあってもすぐ忘れちゃうので。

 日本にたいしてマイナスのイメージを持っている中国人がいるように、中国に対してマイナスのイメージを持っている日本人もいます。最近では中国人の観光客のマナーの違いに戸惑ったり、爆買いのイメージが強かったりするのかも。でも中国人も日本人も一つのイメージでくくることはできないと思うんです。こうしてインタビューを受けたり、本を書いたり、従来のイメージとは違う中国人も多くいる、ということを日本の方に分かっていただきたいと思います。

 民間レベルの文化交流とか、人と人とのコミュニケーションを大切に考えたいです。国は国、政治は政治。でも私とあなたは対等です。私は、文化、ソフト面での両国の懸け橋になりたいです。パンダのシャンシャンみたいに、だれからもかわいがってもらえる存在になるのが理想です。

 今はネットが発達してます。分かりやすくて、文章が長くないものが好まれます。そういうことにもチャレンジしたいです。ただ中国語で「自媒体」というのですが、自分で発信すると、審査もないし、責任のあり方も違います。そういうところは少しどうかなと感じています。

 世の中には、いろいろな人がいます。考えもいろいろです。今の私のような仕事をしていると、いろいろと言われたりすることもあるかもしれません。でもどう言われようとも、日中の懸け橋で頑張りたい、という初心は変わりません。これは私がやりたいこと、自分が選んだ道です。だから全てを前向きに受け入れて、笑顔で進んでいければと思っています。

 <だん・ぶんぎょう> 中国・天津市出身。天津師範大卒業後、天津テレビ局のアナウンサーとして、料理番組などを担当。2009年5月に来日。日本語学校で日本語の勉強をする。11年4月に早稲田大大学院政治学研究科ジャーナリズムコースに入学、14年3月卒業。11年4月からNHK・Eテレ「テレビで中国語」にレギュラー出演(17年3月まで)し「かわいすぎる中国語講師」として人気がでる。実写版の「魔女の宅急便」(東映)などに出演。著作に「日本が好き!」(PHP研究所)「『菜根譚』が教えてくれた一度きりの人生をまっとうするコツ100」(マガジンハウス)「中国語で読む我的(わたしの)ニッポン再発見!」(研究社)など。

◆あなたに伝えたい

 人と人とのコミュニケーションを大切に考えたいです。国は国、政治は政治。でも私とあなたは対等です。

◆インタビューを終えて

 私ごとだが一昨年日本語講師の検定試験「日本語教育能力検定試験」を受験した。日本語が母語にもかかわらず、一番苦労したのがアクセントの聞き取り問題だった。普段意識していないからだろう。非常に聞き取りやすい日本語を話す段さんも「アクセントが難しい」。日本に長年いても聞き取りにくい外国人は多いが、母語話者がそれほど意識していない、アクセントをはじめとした単調な発音練習にも全力を注いでいるからこその感想だ。このことからも、段さんはとにかく努力家でまっすぐだと思う。誤解の多い日中の懸け橋として得難い人物だ。

 (増村光俊)

 

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