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あの人に迫る

殿村美樹 PRプロデューサー・「TMオフィス」社長

写真・伊藤遼

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◆地方は宝物の山 「引き算」でPR

 ひこにゃん、佐世保バーガー、うどん県…。全国で話題となった地方発のキャラクターやグルメの裏には、一人の仕掛け人がいた。PRプロデューサーで「TMオフィス」(大阪市中央区)社長の殿村美樹さん(57)。時代のニーズを敏感に読み取り、数々のブームを生み出してきたプロに、疲弊する地方を活気づけるためのヒントを聞いた。

 ―地方ではすっかり「ゆるキャラ」が定着していますが、その火付け役は滋賀県彦根市の国宝・彦根城築城四百年祭のキャラクター「ひこにゃん」でした。

 滋賀県から「四百年祭の来場者を増やしてほしい」と依頼されましたが、彦根市が考えていたイベントの内容は甲冑(かっちゅう)の展示や歴史セミナーの開催など地味なもので、一部の歴史好きしか呼べないと思いました。観光の世界では、人を集めるなら女性を呼ぶのがセオリー。女性は大抵、一人ではなく誰かを連れてくるし、買い物をして、口コミをするからです。

 女性をひきつけるものを探していると、彦根市が四百年祭に合わせてつくった「ひこにゃん」が目に留まりました。白くてふわふわして「こいつ、かわいい」って。当時は全然注目されていなくて、担当者が「この猫で良かったら、どうぞ使ってください」と言ったぐらい。私は彦根城はひとまず置いておいて、ひこにゃんを主役にしてPRすることを決めました。

 ―主役を彦根城からキャラに変えるとは、思い切った決断ですね。

 私は当時四十代でしたが、第一線で働く女性は結婚や出産をあきらめざるを得なかった世代。私自身も子どもがいないので、「母性本能」を持て余している女性が山ほどいるという実感がありましたし、マスコミ業界にもそういう人が多かった。そして「母性本能」は、かわいいものに敏感に働きます。

 そう考えた私は、ひこにゃんを案内役にしたプレスツアーを開き、女性記者ばかりを招くという仕掛けをしました。記者の皆さんは「かわいい」と言って、ひこにゃんを主人公にした記事や番組がたくさん報道されました。すると、それを見た人たちの間で「かわいい」と評判になり、その人気ぶりが再び報道される。「自分も見に行かなくちゃ」と、どんどん来場者が増えていったんです。

 ―何かを世の中に発信する手段として、私たちが思い浮かぶのが広告です。でも、殿村さんのPRはそれとは違った「仕掛け」がありますね。

 広告の考え方は「どうやって人を動かすか」ですが、私がやっているPRは「人が自ら動くように雰囲気やイメージをつくること」です。情報を伝えるだけでは、人はなかなか動きませんが、「かわいい」「きれいだな」と思えば、無条件に行ってみたくなる。「情」を突くと、人は自ら動くんです。

 戦後のモノをつくれば売れるという時代、消費者にダイレクトに訴える広告は大きな効果がありました。でも、今はモノがあることが当たり前で、品質もあまり変わらず、いかに差別化していくかという時代。ちょっとやそっとの広告では、消費者は動かなくなりました。

 イソップ寓話(ぐうわ)の「北風と太陽」に例えるなら、多くの予算をかけて大衆を動かそうとする広告は、強い風を吹かせて、旅人のマントを吹き飛ばそうとする北風のようなもの。それに対してPRは、空気を暖めることで旅人に自らマントを脱がせた太陽。今の時代になって、少しずつPRの価値が認められてきたと感じます。

 ―現在のような考えに行き着くまでの道のりを教えてください。

 以前の私はお金もうけをしようと、ドームを貸し切って大規模なファッションショーをやるなど、大企業の仕事ばかりを手掛けていました。「いつか東京に進出して一部上場してやる」という夢を持って。それが大きく変わったきっかけが一九九五年の阪神大震災。私は当時、兵庫県に住んでいて被災者になりました。

 自分は何をやっていたんだろうと思いましたね。食料品を売っている人が商品を無料で配ったり、主婦の人たちが子守りを手伝ったりと、みんな復興のために役に立っていたけど、私は何もできない。仕事に出ると、東京などの企業から「被災地に物資を送るから、記事にしてもらえ」といった電話がバンバン鳴りました。自分たちのイメージを良くするため、震災をPRに利用しようとしていたんです。すごくショックで。もうPRなんて、やめようと思いました。

 そんなとき、日本漢字能力検定協会から漢字検定の受検者を増やしてほしいという依頼が来ました。当時、漢字は古くさいイメージがあり、「漢字を復興させたい」と。予算は十万円しかありませんでしたが、私はそのころ「復興」という言葉に敏感でしたから、やってみようと思いました。そこで私が企画したのが、一年を表す漢字を公募で選び、年末に京都・清水寺で貫主が揮毫(きごう)する「今年の漢字」です。

 ―「今年の漢字」は、すっかり年末の風物詩として定着していますね。

 初回の九五年は阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きた年で、公募で集まった一万通の中で最も多かったのが「震」でした。米国でも報じられるなど、想定外を、さらに超えるような反響があり、びっくりしました。お金をかけなくても、本当のPRをやれば、こんなに伝えることができるんだと。初めての体験でしたね。

 どうしてなのか自分でも不思議ですが、そのころから地方の仕事が多く入ってくるようになったんです。新鮮でしたね。地方の人たちは「ここには何もありません」と言います。でも、私から見れば宝物が山のようにあって、何でもできちゃいそうな気がしました。「何もない」方が、逆に面白くて、やりがいがある。そして、地方の仕事ならPRを社会のために役立てられるのではと思いました。

 ―地方にとって、自らの地域を活性化させることは永遠の課題です。PRのプロの視点から、アドバイスをいただけませんか。

 何か新しいものをつくっていく「足し算」のPRは、地方にはなかなか根付かないですね。各地でテーマパークができたり、ふるさと創生一億円事業のモニュメントが作られたりしましたが、その多くが寂れてしまいました。

 どんな地域にも、ずっと積み上げられてきた歴史や文化があります。それを掘り出していって、今の時代に合うものを見つけて光を当てていく。私はそんな「引き算」のPRの方が、地方は光ると思います。

 こういうの、お寺さんが得意なんですよ。今、西国三十三所の寺院が若い人に巡礼文化を伝えようと、団子やおはぎなどのお菓子を食べて回る「スイーツ巡礼」を仕掛けています。「甘いもの」と言ったら素通りされるかもしれませんが、「スイーツ」と言い換えるだけで、若い女性が来るんですよ。

 何も変えてはいけないから、昔からあるものに光を当てようとする。そして、言い方や演出の仕方を、ちょっとずらしてみる。うまいな、と思いますね。

 <とのむら・みき> 1961年、京都府宇治市生まれ。大学卒業後、大手広告代理店、PR会社で勤務。92年、PR会社「TMオフィス」を立ち上げ、社長となる。

 長崎県佐世保市のご当地バーガー「佐世保バーガー」(93年)、日本漢字能力検定協会の「今年の漢字」(95年)、国宝・彦根城築城四百年祭のキャラ「ひこにゃん」(2007年)、香川県のPR動画「うどん県」(11年)など、これまでに手掛けた地方PRは約3000件に上る。現在は「桜えびを世界で唯一生食できる」として静岡市のPRなどに奔走。同志社大大学院ビジネス研究科では「地域ブランド戦略」の教員を務めている。

◆あなたに伝えたい

 情報を伝えるだけでは、人はなかなか動きませんが、「かわいい」「きれいだな」と思えば、無条件に行ってみたくなる。「情」を突くと、人は自ら動くんです。

◆インタビューを終えて

 「バレンタインデーに女性がチョコを贈る習慣も企業のPRから」。殿村さんに教えてもらった会社のホームページを見ると、自社のキャッチコピーから始まった、と堂々とうたっていた。元をたどれば“仕掛け”があってのことなのだ。

 殿村さんが手掛けた今年の漢字も、ひこにゃんが火を付けたゆるキャラも、今や日本の文化と言っていい。単に商品を世に出すことにとどまらない、PRの威力。「目標は、文化にまで昇華させることです」。地方発の日本の文化が、これからもどんどん生まれていってほしいと思う。

 (河郷丈史)

 

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