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あの人に迫る

小野卓也 ボードゲームジャーナリスト

写真・小柳津心介

写真

◆世代の壁越えて遊び心をリレー

 猫もしゃくしもデジタルの時代に、アナログ極まりない「ボードゲーム」が注目を集めている。その魅力のとりこになり、二十年以上前から情報発信を続ける小野卓也さん(44)は、日本でただ一人の「ボードゲームジャーナリスト」にして、山形県の古刹(こさつ)の住職。二足のわらじで“布教”に励む素顔に触れたくて、山寺を訪ねた。

 −今なぜ、ボードゲームがブームなのでしょう。

 ここまで広がった一つには、SNS(会員制交流サイト)を通した口コミが大きいと思います。ボードゲームという趣味はこれまで「感染力は弱いが症状は重い伝染病」と、たとえられていた。その感染力がSNSで強くなった。

 盤上に美しい日本庭園をつくる「枯山水(かれさんすい)」などインスタ映えするゲームも増え、マニアのものというより、おしゃれなイメージになってきました。その証拠に遊ぶ人の女性率が高まり、特に二十代では男女比が一対一に近づいて、女子会や合コンのような場でも遊ばれています。

 −流行に敏感な若者への広がりが興味深いですね。

 二十代はデジタルやスマホのゲームで遊んできた世代。ファミコンブーム以前には子どもの時に体験できた「人と遊ぶ」ということが、しばらく失われていましたが、それが再発見されているんだと思います。

 ただ、彼らにとってボードゲームは「再発見」ではなく、こんなに楽しい人との関わり方があったのかという「新発見」。われわれはどうしても「懐かしい」とか「ノスタルジー」というキーワードで見てしまうけれど、二十代にとっては新しい遊びなんです。

 −人気の中心は多種多様な欧米のゲームですね。

 一般的には人生ゲームや囲碁・将棋のイメージがありますが、私たちの言う「ボードゲーム」とそれらの違いは、運と戦略のバランス。人生ゲームは運のゲームで、誰がルーレットを回してもその人らしさが出るわけではなく、選択の余地もほとんどない。その対極が、戦略だけの囲碁や将棋など。実力が完全に出すぎてしまう。

 そういう両極端が多かった中で、ちょうど中間の配合ができたのが、一九八〇年代以降にドイツで爆発的に生まれた「ドイツゲーム」や「モダンボードゲーム」と呼ばれる、いま人気のものです。実力差が出にくく、自分の選択も勝敗にそこそこ影響する。初めて遊ぶ人と経験者、大人と子ども、特に親子でも勝率が五分五分になり、誰とでも遊べる良さがあります。

 国内で流通するそんなゲームの新作は、年間約千五百種類にも上ります。遊びきれないほど大量のゲームが、ほぼ毎日発売されているんです。そのうち約五百種類は国産で、日本の同人的な創作ゲームは国際的にも注目されています。

 −ボードゲームとの出合いは。

 初めて出合ったのは、小学生の頃。ファミコンブームで一度は遠ざかり、再び戻ってきたのは東京の大学生時代でした。何をやっても楽しくて、友達や先輩後輩を集めていろいろ遊ぶうちに本格的にのめり込んだのが、無人島を開拓するドイツゲーム「カタンの開拓者たち」。カタンだけ遊んでいればいいや、と思う時期もあったくらいです。

 −そこから「ジャーナリスト」になる経緯は。

 ウィンドウズ95が出た翌年の九六年、大学で自分のホームページを作ったんです。いろんな趣味などを発信していたうちの一つがボードゲームで、ページの名前が「Table Games in the World(テーブル・ゲームズ・イン・ザ・ワールド)」。いま運営している情報サイトと同じです。

 ちょうどカタンにハマっていたので、カタンについて調べていくうち、ドイツのファンサイトを見つけ、ドイツ語の勉強がてら翻訳して、自分のサイトで公開していました。それからだんだん、新作ゲームなど海外の情報を発信し、ニュースサイトのようになっていきました。

 −本場ドイツにも毎年、取材に行っていますね。

 ドイツ・エッセンで毎年秋に行われている世界最大級のボードゲームの見本市「シュピール」に二〇〇二年に初めて行き、著名なゲームデザイナーらと会いました。取材申請の肩書で「フリージャーナリスト」にチェックを付けたのが、そう名乗るようになったきっかけです。ドイツの新聞には、日本の書評欄のように週末にボードゲームの紹介記事が載るし、専門誌の記者もいるんですよ。

 −本場の印象は。

 とにかく子ども連れが多いのが、当時の日本との違い。日本でも既に「ゲームマーケット」という大きなイベントが始まっていましたが、来場者はある程度の年齢より上の男性だけ。エッセンでは、ベビーカーを押したり赤ちゃんを抱っこしたりしながらゲームをしているお父さんやお母さんがいました。子どものためではなく、自分たちが楽しんで子どもを付き合わせているのがすごいなと。

 日本も十何年後の今、そうなりつつあるんですが、理想的な世界で、日本もこうなったらいいなと思いました。マニアの趣味ではなく、文化として、家族や友達同士で普通にボードゲームに触れられるようになればと思ったんです。

 −住職と二足のわらじですが、大変では。

 きょうの取材も、もしお葬式が出ていたら受けられなかった。お坊さんは多くがそうだと思いますが、時間が細切れなんです。規則正しい生活ができるのは修行時代だけで、住職になったら毎日いろんなことが起こる。地域の役職で出かけることも多い。ゲームの情報を集めて発信するのは、そんな中の隙間の時間です。サイトを毎日更新する以外にも、雑誌への寄稿や海外ゲーム・書籍の翻訳を頼まれたり、自分の新著を書いたりもしているので、空いた時間は全てゲームにささげていますね。

 −宗教者として見たボードゲームの良さは。

 一昨年の秋ごろから地域おこしの一環で「お寺でボードゲーム」という催しを月に一、二回、自分の寺で開いています。

 名古屋など県内外からの参加者がお寺に泊まって私も一緒にゲームを遊び、次の朝、お経を読む。みんなで遊んでいるうちに、生活の中で抱えている悩みや生きづらさが、そんなに深刻ではなくなってくる。それが人とつながることの良さだと思います。今、人が三、四人集まってテーブルを囲むことは、すごくぜいたくな時間なんです。

 日本の仏教は全て大乗仏教で、人と関わって助けたり、助け合ったりすることを主眼にしている。そういう点から見ても、ボードゲームを通して人と関わることは、お寺の役割としても良いのかなと。特にこの頃は「寺離れ」が進み、何もしないとお寺に本当に人が来ない。そんな中で、仏教に触れてもらう良いきっかけにもなっていますね。

 −文化として日本に根付くでしょうか。

 家族で遊ぶという文化があれば、ドイツでもそうだったように世代を超えてリレーがつながり、なくなりません。ボードゲームを遊ぶ習慣はだいぶ広まっているし、学童クラブや地域の文化祭などに出展する動きも各地で出てきています。

 いま、山形県の家庭教育アドバイザーも務めているので、地元での広報や講演活動にも力を入れています。地域づくりや婚活イベント、子育てや異世代間交流など、ボードゲームはいろんな切り口がある使い勝手が良いものだと私自身も最近気づいてきたんです。

 <おの・たくや> 1973年、千葉県生まれ。3歳から、祖父が住職だった応仁年間(1467〜69年)開基の曹洞宗洞松寺(とうしょうじ、山形県長井市)で育つ。東京大文学部卒、同大大学院博士課程満期退学。専攻はインド哲学。現在、同寺の33代住職。国内最大のボードゲーム情報サイト「Table Games in the World」を運営し、アクセス数は1日約4000件。国際賞「インターナショナル・ゲーマーズ・アワード」で、アジア人初・唯一の審査員。著書に「ボードゲームワールド」(スモール出版)など。ドイツ語、英語に堪能で「カタンの開拓者たち」「アグリコラ」など海外ゲームの翻訳も多数手がける。中3から小3までの3児の父。

◆あなたに伝えたい

 今、人が三、四人集まってテーブルを囲むことは、すごくぜいたくな時間なんです。

◆インタビューを終えて

 博識に裏打ちされた理路整然とした語り口と、随所に挟まれる頓知の効いたジョークに、興が尽きない取材だった。

 ハイライトは、お寺の横にあるご自宅のボードゲーム部屋に案内されたとき。所有する約五百個が棚にずらりと並び、「浄土双六(すごろく)」など「仏教ゲーム」の一角も。そしてそのすぐ横に何げなくあったのは、ちょっとアダルトなゲームたち。背徳感漂う配置に思わず笑わされた。「こういうのをお寺でみんなで遊んだ翌朝、何事もなかったようにお経を唱えたりしてね」。「分断の時代」でも、遊び心は人をつなぎ、笑顔にする。ボードゲームはその最良のツールだ。

 (小柳津心介)

 

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