トップ > 特集・連載 > あの人に迫る > 記事一覧 > 記事

ここから本文

あの人に迫る

辻井伸行 ピアニスト

写真・由木直子

写真

◆自分だけの音を全身で見つける

 ささやくような甘美な音色。かと思えば、男性らしく力強いフォルテッシモ。幾多のコンクールやコンサートツアーで成功を収め、今や世界で屈指の実力と評されるピアニスト、辻井伸行さん(29)は今年、CDデビューから十周年の節目を迎えた。数々のステージで聴く者をとりこにしてきた、その魅力とは何なのか。

 −最初にCDを出されてから十周年です。これまでの活動を振り返って、今の心境はいかがですか。

 早かったですね。駆け抜けてきたな、と感じています。バン・クライバーン国際ピアノコンクールなど、本当にいろんな舞台を経験させてもらいました。目標に向かって曲のレパートリーを増やし、本番を迎えて、また次の大きな目標へ…。ピアニストって一生勉強なんだなと、あらためて思っています。

 −バン・クライバーン・コンクールでは日本人として初優勝を飾られました。やはり大きな挑戦でしたか。

 そうですね。ただ出るかどうかは、直前まで悩んでいたんです。周りからは勧められていましたが、準備しなければならない課題曲が山のようにあるので。それでもとにかく、自分を成長させたいという気持ちで出場を決めました。

 十七歳のときに出たショパン国際ピアノコンクールでファイナルに進めなかった悔しさがあったからこそ、優勝という結果につながったのかなと思います。ショパン・コンクールは無謀な挑戦だったと思いますが、ショパンの生まれた国で、ポーランドの聴衆の前でショパンを弾くという夢がかない、今思い返せばあのときも楽しかったなと思いますね。

 −これまでに印象深かったホールはありますか。

 ニューヨークのカーネギーホールですね。二〇一一年にホール主催のリサイタルをしました。

 小さいころから、いつかこの大ホールで弾きたいなと思っていました。ただ、耳が肥えているニューヨークの聴衆に向けて、コンクール優勝者として恥ずかしくない演奏をしなければと思い、本番直前には珍しく緊張してしまって。あの舞台は普段とは違っていました。弾き始めれば緊張はなくなり、アンコールでは達成感で涙が出ましたね。夢がかなって、うまくいってほっとして…。いろいろな感情がありました。

 海外では新品のピアノで演奏したこともあります。一音、音を出せば、どんなピアノかはすぐに分かるんですが、弾かれていないピアノだと音の鳴りが悪くて「ピアノが寝ている」ように感じます。リハーサルでは、それに慣れるのが結構大変。練習で弾き込めば、本番では起きてくれることも多いのですが。ピアノは消耗品だと思っているので、使われないままでいるのはもったいないなと思います。ただ、どんな環境でもいい音楽を届けたいという気持ちは変わりません。

 −レッスンの時も含めて、いい音に仕上げる作業はどのようにされているのでしょう。

 基本的には楽譜に忠実に、作曲家の意図を再現するのが演奏家の役目だと思っています。その上で、自分なりの表現をちょっと加えます。「自分にしか出せない音」を考え、作曲家の家に行ったり、どんな時代に曲を作ったのかを知ったりと。どんな気持ちで曲を書いたのかイメージを膨らませます。

 今秋、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団との日本ツアーで、ロシアの作曲家、チャイコフスキーやラフマニノフのピアノ協奏曲を共演しました。ロシアは何度か訪れています。町並みや広場を走り回ってみて、壮大だなと感じました。町の素晴らしさや寒いイメージを音で表現しようと思って演奏に生かしました。

 −そのときの指揮者はロシア生まれのウラジーミル・ユロフスキさんでしたね。曲の解釈についてどんな話し合いをしましたか。

 チャイコフスキーに関しては作品の中に寂しさが感じられるので、それを表現してみたらどうかと。ピアノ協奏曲はオーケストラとの「音の会話」でもあるんです。「今の箇所は楽しそうに演奏したな」と思ったら、同じようにしてみようとか、逆のことを与えてみようとか。ツアーが終盤になると、その会話が深まってきます。指揮者の呼吸や気配を感じるうちに、だんだんと息が合ってきて。これはソロとは違う醍醐味(だいごみ)ですね。

 来年はロイヤル・リバプール・フィルハーモニー管弦楽団と一五年以来の共演があります。ツアーの最終日というのは終わってしまう寂しさがあるものですが、こうして再会できるのはうれしいですし、今から楽しみですね。また一緒に音楽を作りながら、さらに成長した姿を見せられたらと思っています。

 −演奏で音程が大きく飛ぶ箇所は、音を外さないかと怖くならないんですか。

 よく聞かれますが、あまり意識していません。小さいころからピアノは体の一部になっていて、自然に鍵盤の位置は分かってしまいます。演奏中は曲の世界に没頭してしまうし、怖さよりも、音楽を楽しみたいという気持ちが強いですね。

 −聴衆の存在はステージ上でも感じますか。

 すごく感じますよ。どんな気持ちで聴いてくれているのかな、と。クライバーンさんが亡くなる直前、米国のテキサスでお会いしたときに、「クラシックになじみのない聴衆にも、生の演奏を聴いてもらえるピアニストになりなさい」という言葉をいただいたんです。インターネットが発達し、動画共有サイトで演奏を聴ける便利な時代ですが、そんな中でもコンサートに足を運んでもらいたい。敷居が高いと思われがちですが、クラシックの素晴らしさを伝えられるピアニストになりたいです。

 −今後挑戦してみたい仕事はありますか。

 いろいろな作品を書いてみたいと思っています。今、映画やテレビドラマのテーマ曲の仕事を少しずついただいています。もっともっと勉強して、将来的にはピアノ協奏曲のような大曲にも挑んでみたい。自分の曲をオーケストラと一緒に演奏できたらうれしいですね。

 そしてこれは夢のまた夢かもしれませんが、二〇年の東京五輪・パラリンピックにも、何らかの形でかかわれたらいいなと思っています。〇八年の北京五輪のとき、中国のピアニストのラン・ランさんが開会式で演奏しているのを聴いて、東京五輪が実現したら自分も弾いてみたいとあこがれを抱いていました。もしそんな機会があれば、アスリートに少しでも良い競技をしてもらえるように、応援の気持ちを込めて演奏がしたいです。

 五輪とパラリンピックは分かれていますよね。合同でやるというのは難しいかもしれませんが、どこかで一緒になれる部分があると思っています。スポーツでは身体的にできることとできないことがありますが、競技に打ち込む姿にハンディは関係ない。それは音楽も同じです。そんなことを演奏で伝えられたらと思っています。

 <つじい・のぶゆき> 1988年、全盲で生まれる。幼少期から音楽の才能に恵まれ、2005年に最年少でショパン国際ピアノコンクールに出場し、「批評家賞」を受賞した。07年には「debut」でCDデビュー。09年にはバン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人初優勝を飾った。その後も国内外でのリサイタルやオーケストラとの共演で注目を集め、その傍らで映画「神様のカルテ」やドラマ「それでも、生きてゆく」のテーマ曲も手掛けている。30歳となる18年には、CDデビュー10周年の記念ツアーや、英国の名門オーケストラのロイヤル・リバプール・フィルハーモニー管弦楽団との共演を控えるなど、精力的な演奏活動を続けている。東京都出身。

◆あなたに伝えたい

 動画共有サイトで演奏を聴ける便利な時代ですが、そんな中でもコンサートに足を運んでもらいたい。

◆インタビューを終えて

 体を揺らしながら楽しそうにピアノを弾く演奏スタイルの辻井さん。取材中も同じ動きで、楽しそうにインタビューに答えてくれたのが印象的だった。体には常に音楽が流れ、リズムが宿っている。コンクール前で精神的に追い込まれそうなときでも、いつもと変わらず自然体でいられることが、大舞台で全力を出せる秘訣(ひけつ)なのだろう。

 どんな難曲でも確実に鍵盤を捉える技術。それに加え、全身で受け止めた感覚を指先に落とし込み、自分にしか出せない音を作り出す。そんな緻密な作業の全てを「楽しい」と言い切る音楽への愛情こそが、辻井さんの最大の魅力だと感じた。

 (大野雄一郎)

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索