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あの人に迫る

本城慎之介 風越学園設立準備財団理事長

写真・野村和宏

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◆根っこを育んで生き方選ぶ力に

 世界的企業に成長したインターネット通販大手の楽天。その創業の中心人物だった本城慎之介さん(45)は今、自然に囲まれた幼小中一貫教育校「軽井沢風越学園」の設立に向けて長野県軽井沢町で活動している。IT企業から転身して教育に打ち込む思いを聞いた。

 −楽天では副社長を務めた。

 始まりは大学院生の時、旧日本興業銀行を志望し、同行OBだった三木谷浩史さん(楽天会長兼社長)に出会ったこと。彼は「銀行や商社のように大きな会社が社会を変える時代は終わった。これからは個人や中小企業が既成事実を作り上げることで、世の中を変えていく」と語ったんです。

 既成事実というのは、未完成でも何かを作って世の中に出してしまえば、一歩先を行けるということ。インターネットが普及して以降は、基本ソフト(OS)のLinux(リナックス)など、使ってもらいながら修正を重ねてどんどん良くしていくという形態が許されるようになりました。

 自分も当時、就職活動に困った学生が情報交換できないかという思い付きでメーリングリストを作ってしまったら、「大学生の就活が変わった」なんて言われて新聞や雑誌で話題になったんです。作る楽しみを知って、「既成事実が世の中を変える」という言葉に共感した。

 大学院の在学中に三木谷さんのコンサルティング会社を手伝うようになったが、メンバーが辞めて二人だけになってしまった。そこで「元手のかからないネットショッピングモールでもやろうか」と始まったのが楽天です。

 −そんなIT企業の副社長から教育者への転身は意外に感じます。

 経営者の役割はいろいろあるが、かなり重要なのが企業を存続させるため、次の経営者を育てることなんです。教師を目指したことはなかったけど、楽天の創業に関わって、副社長として経営の仕事をしているうち、人が財産だと分かり、教育の大事さや面白さに気付いた。

 もうひとつ、楽天に入った頃から、三十歳になったら会社を辞めて独立し、自分で何かをやろうと決めていた。いざ三十歳で独立するに当たり、自分にとって大事で、難しいけど挑戦できるものを考えると、それが教育だった。

 −それが十五年前。ここまでの道のりは。

 いざ学校を作ろうと思っても、どんな学校でどんな教育をしたいのか自分の中で曖昧だった。まずは多くの子どもが通う公教育の現場を知ろうと、二〇〇五年から二年間、横浜市立中学校の公募校長を務めた。

 その後、全寮制の中高一貫校でエリートを育てたいと思った。学校を建てるなら、熱海や那須、宇都宮など東京から新幹線で便利で、自然も多いところが好地。その中で移住も考えて軽井沢町を訪れて、「森のようちえんぴっぴ」に出合った。

 −ぴっぴが取り入れる欧州発祥の「森の幼稚園」は、自然の中で子どもを育てる教育で注目を集めていますね。

 ぴっぴを最初に訪れたのは〇九年の冬。子どもたちが自然の中でたっぷり遊んだ後、たき火を囲んで焼きおにぎりを食べていた。三歳の男の子が、たき火のそばの石の上にぽんと手袋を置いた。火に近すぎるが、スタッフは何も言わず、様子を見ている。やがて、手袋がプスプスと煙を出し始めた。男児は泣いちゃったけど、スタッフは言うんです。「焦げましたね。でも先週は燃やしちゃったんですよ」って。それが衝撃的だった。

 「焦げちゃうよ。もう少し離しなさい」と言うのは簡単だが、あえて見守る。男の子は二回の失敗で学び、次はもう失敗しない。失敗して成長する。感銘を受けてスタッフに加わった。

 −ぴっぴでの経験を経て、今、目指す学校は。

 十五年かけて、取り組みたい教育がやっと見えてきた。「同じ」から「違う」へ、「分ける」から「混ぜる」学校です。

 高度経済成長で、大量生産大量消費の時代であれば、同じような子どもを育てることを目標にすれば効率的で管理がしやすかった。一斉授業で、決められたことを決められた通りに教えれば良かった。

 しかし、今は情報化社会で、多様性の時代。同じような人たちだけで分断すれば、不信や憎悪、対立がどんどん生まれていく。むしろ違いを大切にして、混ぜ合わせることで、新しい価値や相互理解、信頼感が生まれる。

 社会の縮図である学校で、年齢の違う子どもたちが混ざり合って、遊びを通じて学ぶ。例えば、中学生が物語を作る国語の授業ならば、学校で一緒にいる幼稚園児のために物語をつくり、読み聞かせてあげれば、きっと楽しく、お互いに良い学習ができる。

 子どもが自由で、望む生き方ができるように、その力を育むことが学校の使命です。学校は長野冬季五輪のカーリング会場だった風越公園のそばに建てる予定です。軽井沢の自然の中でたっぷり遊び、学ぶ教育をしたい。

 −IT企業の楽天での経験も生きている。

 効率性や大量生産ではなく、地方の小さなお店の魅力やアイデアを日本中、世界中に発信していく。それが楽天のプラットホームです。

 例えば、楽天の初期から出店して、卵の通信販売をしている長野県伊那市の大原農園組合。最初は「ネットで卵が売れるのか」と思ったが、産みたての卵をその日のうちに発送するこだわりとアイデアで、全国に販売する店になった。

 僕のかつてやろうとしていた中高一貫校は、長野特産のリンゴで言えば、同じ時期に同じ甘さ、同じ形、同じ色の実をならせる教育だった。しかし今は、地元の子どもたちが自分なりの根っこをしっかりと張るための教育がしたい。

 深い根もいい。広い根もいい。その根っこがあれば、風越学園を出て高校に行ってもいいし、一年間は世界を旅してみたり、ほかのことをしながら高卒認定試験を受けたり、自分で学ぶ力があれば生き方に幅が広がると思う。

 設計中の校舎のこと、カリキュラムのことなど、学校づくりは初めてのことばかりだが、けっこう楽しい。軽井沢の町を歩けば「頑張ってね」と応援してくださる人もいて、背中を押してくれる。別荘地で観光客も多く、新しいモノや変化に対してすごく柔軟な場所だと感じる。自然と利便性が調和した町で、いい教育ができると信じている。

 −三年後に開校して、その先は何を目指しますか。

 十年ほどで学校の経営が安定的に回るようになれば、もう僕が経営に携わらなくても大丈夫。もう一度スタッフで教育現場に戻りたいな。

 さらに次の学校を建てようとは思わない。風越学園をモデルに、他の学校がどんどんまねしてくれたらうれしい。長野県の中山間地の小さな学校などは、チャンスだと思っています。

◆あなたに伝えたい

 取り組みたい教育がやっと見えてきた。「同じ」から「違う」へ、「分ける」から「混ぜる」学校です。

 <ほんじょう・しんのすけ> 長野県軽井沢町の「軽井沢風越学園設立準備財団」理事長。1972年、北海道音別町(現釧路市)生まれ。慶応大大学院に在学中の97年、三木谷浩史氏と共に楽天の前身となる会社を創業。システム構築などを担当し、99年から副社長を務めた。2002年に退任して非常勤職に就いて以降は教育に力を入れ、05年に公募で横浜市立東山田中学校の校長に就任。全国の公立校で最年少の校長だった。09年に軽井沢町に移住し、「森のようちえんぴっぴ」の運営に参画。16年に風越学園の設立プロジェクトをスタートさせて準備財団理事長に就き、20年4月の開校を目指している。中学3年から年長まで5児の父。

◆インタビューを終えて

 しなの鉄道中軽井沢駅にほど近い設立準備財団の事務所で、取材の合間にふと本棚に目をやると「楽天市場 成功のコンセプト」というプレートが置かれていた。

 十年以上前に楽天社員に配られたもので、「常に改善、常に前進」「プロフェッショナリズムの徹底」など五カ条は今も楽天のモットーだ。本城さんは「これが僕のベースになっている」と大切にしている。

 「学校開設をチームで進める上で、大事なことは全てこの五つにあると思う。教育のプロとして子どもたちに接し、よりよい教育を常に見直していく」と本城さん。経営者としての信念も学校づくりに生きていた。

 (今井智文)

 

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