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あの人に迫る

倉本聰 脚本家

写真・大森雅弥

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◆田畑に向き合う 徴農制の導入を

 日本のテレビドラマの歴史に残る傑作「北の国から」。脚本を書いた倉本聰さん(82)がドラマの舞台となった北海道富良野市に移住してから、今年でちょうど四十年になる。自然の中で人の営みを見詰め続けてきた賢人の目には、今の日本はどう映っているのか。森の中のアトリエを訪ねた。

 ―北の国に住んで、ちょうど四十年。今の日本をどう思いますか。

 未来は暗いですよ。真っ暗じゃないですか。若い人たちを見ていると、物質的な贈与は受けていると思います。でも、精神的な贈与は受けていない。贈られているのに、ちゃんと受け取っていないと強く感じます。僕はそれをやろうとして富良野塾を二十六年間やったんだけど、年を追うごとに吸収、インプットができない若者が増えました。

 これは偏差値教育、知識偏重教育から来ていると思います。僕たちは子どものころ、まず道徳や倫理を教えられた。難しいことじゃない。うそをついてはいけない、恥を知れといったことです。今はどうですか。加計学園の問題で、文部科学省の前川喜平前次官がこういう文書がありましたと言っているのに、それを裏付ける証言がなかなか出てこなかった。文科省の職員たちは当初、うそをついていたわけですね。教育をつかさどっている文科省がそうなんだから、後は推して知るべしですよ。

 ―知識偏重ではない教育とはどのようなものですか。

 僕は徴兵制ならぬ徴農制を導入しろと主張しています。若い人たちは土に向き合うべきなんです。なぜ農業か。食うこと、つまり生きることの根源につながるからです。江戸時代の思想家・安藤昌益は万人が額に汗して田畑で働く「直耕」を掲げました。孔子も孟子も釈迦(しゃか)すらも、働かずに観念をもてあそぶ者として拒否した。極論だけど見事だな。僕は男の人と会うときは、つい爪を見てしまう。爪の中は黒くあるべきですよ。土に触れていればね。

 根源的に生きるとは、何も持たない海抜ゼロから自らの力で生きていくことです。そこには覚悟と責任が伴います。知識偏重の社会では、それが欠けがち。原発や憲法の論議にも、それを感じますね。

 ―原発では何が問題でしょうか。

 各地の原発が再稼働していますね。本当に物を考えていないなという気がします。審査を通ったということですが、核のごみはどうするのかという肝心な問題は解決されていない。再稼働なんてすべきじゃないですよ。

 一方で、既に出てしまったごみはどうするのか。知らないでは済まされないとも思っています。誰かが責任を持って引き受けないといけないのに、誰も言い出さない。安倍さんも地元の鍾乳洞「秋芳洞」に受け入れるとは言わない。

 だから言ったんです。僕はもう八十すぎで、いつ死んでもいいから、もしどこかに最終処分場を造って周囲三百キロを限定地域にし、医療施設があるなら住みますよと。

 大体、原発事故の被災地について国が真剣に考えていないと思います。復興庁を置くなら、どうして福島県内のがれきの中にしないのか。目の前に都会のネオンが見えているのと、がれきが見えているのとでは、意識が全然違うはずです。

 ―憲法論議についても、違和感を覚えますか。

 理屈でいえば、安倍さんが言うように今のままでは自衛隊は違憲。自衛隊のレーゾンデートル(存在理由)としては困るんでしょう。国としてはおかしいという気はしますよ。ただ、僕としてはおかしいままでいいんだと言いたい。九条が改正されれば、戦争をすることに理屈がついてしまう。戦争が当たり前になっちゃいけないんですよ。あのあいまいさが日本的でいいという気がする。

 ―北朝鮮が挑発を強め、安全保障上の危機を感じている人は増えていますが。

 北朝鮮の核開発により、ここまで危機が迫っているからこそ、あいまいなままでいいと言いたい。戦争はけんかですから、殴られたら殴り返します。歯止めがきかなくなりますよ。ほかの法律だってあいまいだ。なぜ九条だけはっきりさせないといけないのか。

 僕が九条を改正しなくてもいいというのは、単なる平和主義ではありません。自ら武器を手に取って戦うことに向き合った経験があるから言うのです。

 三十年ほど前、米ソの関係が危なかった時期がある。北海道の陸上自衛隊名寄駐屯地に講演に行ったら、そこのトップの司令に「本当に危ない。いつ攻めてくるか分かりません」と言われたんです。そこでリアルに考えました。ソ連兵が攻めてきたらどうするか。かみさんと山に逃げるだろう。そして洞穴を見つけて隠れようと。クマはいるだろうけど、クマの方が怖くない。かみさんやマネジャーが捕まったらどうするか。僕は戦う。チェーンソーや下草刈り機なら使い慣れているから武器になると。

 それに、血を見ることに僕はそれほど恐怖心は持っていません。富良野塾で毎年、塾生にニワトリをしめさせてきたから。僕はナイフで羊をしめた経験もあります。命を奪うということの恐ろしさを知っているつもりです。

 ―護憲派も改憲派もそういう経験をしていない。

 護憲派は戦争が嫌だって言うけれど、殺されるのが嫌なのか、殺すのが嫌なのか、あいまいなんですね。あれはね、殺すのが一番怖いんですよ。殺す方がトラウマ(心的外傷)になる。だから米国は遠くから攻撃できるシステムを作り上げてしまった。遠隔攻撃の先で何が起きているか。ボタンを押した方は想像できていない。そういう現実を知って反対しないとだめですよ。

 改憲派は九条を変えるというけれど、みんなそのことに責任取れるんですかね。言っている人たちは軍隊に行く度胸や勇気がありますか。「俺は足が動かないから無理」というのはなし。足が動かなくても車いすでも行かないといけないんだから。

 安倍さんも防衛相も自分が戦場に行くなんて思ってないでしょう。あるいは自分の息子が戦争に行く、自分の妻が強姦(ごうかん)されるなんて想像もしていない。でも戦争ってそういうものなんだから。満州(現中国東北部)から引き揚げてきた人たちは実際そういう目に遭った。

 ―若い人たちに一言。

 日本のお先は真っ暗なんて言いましたが、今の危機はあなたたちが自分で考えるいいチャンスだと思います。国のために戦えるかというアンケートを世界各国で取った時、日本は11%で最下位だった。これでは困る。いざとなれば自分が戦うという覚悟があってこそ、今の憲法をどうするかの議論が生きたものになるでしょう。今のままでは、日本は無政府主義になってしまう。国の成り立ちを考えれば、役人や政治家はあくまで公共のしもべにすぎない。自分たちが主人であるとの自覚を持って、生きてほしいですね。

◆あなたに伝えたい

 若い人たちを見ていると、物質的な贈与は受けていると思います。でも、精神的な贈与は受けていない。

 <くらもと・そう> 1935年、東京都生まれ。東京大文学部美学科卒。59年にニッポン放送入社。63年に退社し、日本を代表する脚本家の一人として活躍する。77年には北海道富良野市に移住。84年から2010年まで、役者や脚本家を養成する私塾「富良野塾」を主宰、多くの才能を育てた。06年からはNPO法人「C・C・C富良野自然塾」を主宰。代表作は「北の国から」「前略おふくろ様」「うちのホンカン」「6羽のかもめ」「昨日、悲別で」「君は海を見たか」(以上テレビドラマ)「明日、悲別で」「マロース」「ニングル」(以上舞台)「駅 STATION」「冬の華」(以上映画)など多数。テレビ朝日系で放送中の「やすらぎの郷」が話題。

◆インタビューを終えて

 会う前はどんなに気難しい人だろうと想像していたが、本物の倉本さんはそういう圧迫感が全くない方だった。

 今から思うと本当に失礼だが、取材中に「先生のような大御所」と言ってしまった。倉本さんはすぐに小さい声で「いや」と否定された。そのたたずまい。名声などとは無縁に、常に一人の裸の人間として生きている人なのだと思った。

 取材の後に「何かお言葉を書いていただけませんか」とお願いすると、「森は無口である 噂(うわさ)話をしない」と書かれた。森の木のようにすっくと立っているから、人間の美しさ、悲しさが見えるのだろう。

 (大森雅弥)

 

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