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あの人に迫る

菅原敏 詩人

写真・石井裕之

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◆深い詩の言葉は あなたの処方箋 

 菅原敏さんは、今次々と活躍の場を広げる異色の詩人だ。デパートの館内放送で朗読したり、ラジオ番組で天気予報に詩を織り交ぜたり。おしゃれに、愉快に。意外な場所へ詩の言葉を持ち込み、ファンを増やしている。最新刊『かのひと 超訳世界恋愛詩集』も評判がいい。活動の原点について聞いた。

 ―いろいろな場所で詩を作り、面白い活動をしていますね。

 先日はNHKのFM特番「こどクラ」で司会を務めて、皆さんのお悩みに効く音楽と詩を紹介しました。<孤独を抱える現代人のためのクラシック音楽バラエティー>として企画されたものです。ほかにもたとえば、ミュージシャンのSuperflyさんの曲に詞をつけたり、東京芸術大大学院の研究室との共同プロジェクトで、リヤカーで活版印刷の工房を引き詩を売り歩くパフォーマンスをしたり。お寺で「眠りのための朗読会」も開きました。これまでとはちょっと違う形で、詩の言葉を感じてもらい、詩って面白いんだよと伝えられたらと思っています。

 ―詩に興味を持ったのはいつごろですか。

 学生時代ですね。大学でアメリカ文学を専攻して、一九五〇年代から活躍したジャック・ケルアックやウィリアム・バロウズらの作品と出合いました。「ビートニク」と呼ばれる世代の詩人たちです。彼らは、ジャズに合わせて詩を読むんです。私はもともとジャズバンドでサックスを吹いていたんですが、自分の好きだった言葉の世界と音楽の両方が、彼らのパフォーマンスにはあった。表現者としての立ち位置や手法に、すごく惹(ひ)かれました。

 ―そこからどうして詩人に。

 新卒で広告代理店に勤めた後、独立してフリーのコピーライターとして暮らしていました。その傍らで、メジャーデビューを目指してバンド活動を続けていたんです。シャンソン歌手の故戸川昌子さんが東京・渋谷で開いていたシャンソニエ(シャンソンのサロン)などで、よくライブをさせてもらいました。戸川さんほか、そこに出入りしていた文化人の方々には、ずいぶんかわいがっていただきましたね。ある時から、ライブの途中で、自作の詩を読むようになったら、そちらがお客さんにすごく受けて。自分でも、声に出す言葉のほうが、なんだかしっくりくると感じました。

 ―それが詩人としての活動につながった。

 やがてバンドは解散して、私はIT企業に再就職したんですが、バンドの元メンバーが米国の出版事業で成功していて、詩集を出さないかと話を持ち掛けてくれました。それが日本でも発売された。詩集が一冊出ると、詩にまつわる仕事の依頼も増えていって。今の世の中で「詩人」として生きていけたら素敵(すてき)だなと考えて、会社を辞めました。

 ―そもそも詩とは、どういうものだと考えていますか。

 ジャズの巨匠のサッチモ(ルイ・アームストロング)は、あるインタビューで「ジャズって何ですか」という質問に対して「説明しなければ分からないようなら、きっとずっと分からないよ」と答えたそうです。詩も、それと似たところがあるかもしれません。実際に読んでみると、ああこれは詩だと分かるもの。読んだ人がそれぞれに感じるものではないでしょうか。特徴は、小説よりも“行間が広い”ところ。読み手の想像力に委ね、書いていない部分にまで、さまざまな彩りを与えることができるのが詩の力だと思います。

 ―今の社会では、詩にあまりなじみがない人も多そうです。詩人の存在感も、ちょっと薄いような。

 そうですねえ。詩というと、たとえば広告に載っている情緒的なキャッチコピーを見て「ポエムが過ぎる」とか、笑うような傾向もありますよね。詩がなんとなく生活から遠い存在になってしまっている。それは近年の詩人のあり方が、あまりに内向きだったせいもあるかもしれません。印刷技術が普及して以降、詩人は主に、紙にインクを落として、自分の言葉を本にすることに喜びを見いだしてきた。現代になっても、多くの詩人が、その部分にこだわりすぎているようにも感じます。

 もともと詩は声によって伝えられてきたもの。今は、詩と映像を組み合わせたり、音楽に合わせたりすることもやりやすい。印刷物だけでなく、時代に合ったメディアの形に変えて伝えれば、今以上に、届くべき人に届くものになるんじゃないかと。インターネット上にいくらでも言葉があふれている時代ですが、ただの情報とは違う、詩の言葉だからこそ伝わるものは、必ずあるように思います。

 ―詩の言葉だから伝わるとは?

 言葉の密度が違うというのでしょうか。普段何げなく見ているものも、詩になると、より印象深くなる。以前、コーヒーショップの依頼で、コーヒーのある日常をテーマに、毎日一編の詩を作ったことがあります。宣伝のためのさまざまな制約があるコピーライティングとは違い、好きなように書いてくださいと言ってもらって、コーヒーの中にある詩情を言葉にしていきました。モノはそれぞれに、詩情をたたえています。詩人はそれを抽出していく。

 ―『かのひと 超訳世界恋愛詩集』では、世界各国に伝わる詩の名作を自身の詩の言葉へと「翻訳」しました。

 ゲーテとか、ニーチェとか、名前を知っていても、彼らの詩は知らないという人も多いと思うんです。でも実際に作品に触れるとすごく面白い。過去から現在に届いている言葉をもっと遠くの未来に投げるような気持ちで、専門家のアドバイスを受けたり、詩の背景を調べたりしながら、訳しました。

 ―掲載の詩は三十五編。もともと好きだった作品を選んだのですか。

 好きな詩であると同時に、生き方に共感できる詩人という観点でも選びました。今でいう引きこもりだったり、不倫で駆け落ちをしていたり。ろくでなしぞろいです。そういう人の作品が本当に魅力的で。そしてたとえば社会派とされる詩人も、探してみると、みんな恋愛の詩を書いているんですね。恋をすると、どんなに昔の人でも、硬派に見える人でも、みんな変わらないんだなあと分かる。おかしみといとしさを感じますよ。

 ―忙しい現代人は、どのように詩と付き合っていけばいいでしょうか。

 たとえば夜寝る前、好きな詩を一編ずつ読んでみると、少しだけ暮らしが変わると思います。自分の周りで時間の流れる速度が変わる瞬間を味わえる。何度も手に取り、読み返したくなるような詩集が家の本棚にある暮らしは、捨てたもんじゃあない。詩の言葉というのは、いつかあなたが苦しい状況になった時、助けてくれる処方箋みたいなものだと思うのです。

◆あなたに伝えたい

 たとえば夜寝る前、好きな詩を一編ずつ読んでみると、少しだけ暮らしが変わると思います。

 <すがわら・びん> 明治大卒。2011年、米国の出版社PRE/POST(プレポスト)から第1詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』を刊行。日本に逆輸入される形でデビュー。現代美術家とコラボレーションした製本でも話題を呼ぶ。テレビ・ラジオ番組、イベントでの司会や朗読をはじめ、詩のない場所へ詩を運ぶ独自の活動を展開。ミュージシャンへの歌詞提供、美術館でのインスタレーションなど、多様なジャンルの表現の境界を行き来している。現在は雑誌「BRUTUS」でエッセー、「GINZA」webで人生相談「菅原敏のポエトリーカウンセリング」を連載中。最新刊は『かのひと 超訳世界恋愛詩集』。

◆インタビューを終えて

 最初に会ったのは、五年ほど前の文学イベントだった。司会を務めていた菅原さんは、絶妙な間合いのトークで、その手のイベントにしては珍しいほど、会場の笑いを生んでいた。あらためて話してみると、受け答えの内容だけでなく、よく通る低い声が印象に残る。やっぱり「詩人の声」なのだ。

 インターネットで、菅原さんが制作した動画「詩人天気予報」などを探してみてほしい。難解でとっつきにくい「現代詩」でもなければ、半笑いで語られるような「ポエム」でもない。「面白いよ」と誰かに伝えたくなる詩の一場面が、たくさんある。

 (中村陽子)

 

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