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あの人に迫る

杉田敏 ラジオ「実践ビジネス英語」講師

写真・高嶋ちぐさ

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◆上達目指すなら犠牲払う覚悟を

 日本で一番有名な英語の先生といえばこの人しかいない。NHKラジオの語学講座「実践ビジネス英語」の講師、杉田敏さん(73)。時事ネタを豊富に盛り込んだ内容で、リスナーをひきつけてきた。やはり聞きたいのは「どうしたら英語が上手になれるか」。数え切れないほど受けてきた質問に、杉田さんの答えは−。

 −番組はNHKラジオの英語講座で最長寿です。

 「やさしいビジネス英語」として始まったのが一九八七年。担当しない期間が一年半あったので、ほぼ三十年ですね。結婚生活に次ぐ長期プロジェクトになりました。

 トピックのネタ元として、定期的に読むのは米紙ニューヨーク・タイムズとウォールストリート・ジャーナル(WSJ)、USAトゥデーです。例えば、ジムにいくような格好でオフィスに向かう女性の写真がWSJとニューヨーク・タイムズに同じころに掲載されて、へえと思って、ほかのメディアを見たら、今米国で職場のカジュアル化が進んでいる、と。それをトピックにしました。

 友人との会話にヒントをもらうときもあります。昨年米国で元同僚と久しぶりに会ったら、最近米国のベビーブーマーが、自分の祖先を知ろうとしてアイルランドとかスコットランドに大挙し、現地でお金を落としている、と話してくれた。トランプ大統領のルーツであるドイツの村に米国の観光客がたくさん訪れているそうです。日本もちょうどお盆だから、今月のテキストで使いました。

 ラジオのテキストを買ってくれる人が毎月二十万人くらいかな。リスナーは、英語でビジネスをしなきゃならない人だけでなく主婦や警察官などさまざま。病院の待合室で待っていたら「ラジオ聞いています」と医者に声をかけられたりもします。京都大iPS細胞研究所所長の山中伸弥さんに「ランニングしながら聞いています」と手紙をいただいたこともありました。

 −東京・下町の出身です。

 私のルーツは愛知県岡崎市の石屋で、三男の父は日本橋の甘酒横丁で靴屋を始めました。グリム童話に出てくるような小さな靴屋。小さい頃は浅草までよく自転車でお使いに行かされました。同級生に畳屋や芸者の子がいたりしました。

 −海外経験がなかったのになぜ英語が得意になったのですか。

 記憶力が良く、英単語を覚えるのに苦労をしたことがありません。「yellowという単語を初めて学んだのは中学一年の教科書の何ページの何行目」を覚えているくらいにね。レストランで、一年前にどの席に誰が座って何を注文したかも覚えていて、驚かれます。

 とはいえ、英語に初めて興味を持ったのは、小学生のときにエドガー・アラン・ポーの小説「黄金虫」を読んでからです。英語で最も使われる文字はeだ、など英語の法則を知って得をした気分になった。もっと勉強したら面白いな、と。

 どうやってわが子の関心を引くか、成人した自分自身に興味を持たせられるか、は大事だと思いますね。

 −英語が上達するには。

 よく聞かれますが、じゃあ、あなたは何を犠牲にしますか? 何かを犠牲にしなければ、目標達成はできません。今の状態のままで英語がうまくなりたいというのは虫が良いだけ。

 犠牲とは具体的には時間かお金、またはその両方です。思い切って自分に投資して英語教室に通うとか、仕事帰りに居酒屋で過ごす時間を減らすとか。現状維持で進歩はありません。comfort zone(コンフォートゾーン=ぬるま湯、安全地帯)を抜け出さなきゃ。

 −本業はPRです。

 ジャーナリズムから出発しましたが、もともとPRに興味があった。人を説得する、人を動かすことが面白いな、と。企業や政治家などさまざまなクライアントと仕事をしました。

 −選挙や政治も含め、社会でPRが占める比重が大きくなっている。記者にとってPRは脅威です。

 米国のジャーナリズムで学ぶことに「統計のうそのつき方」があります。例えば内閣支持率がこんなに下がっています、というチャートがあったとき、支持する・支持しないが49%対51%であっても、目盛りの幅を大きくすれば大きな差があるように見せられます。そういう基本的な知識は、記者に限らず必要でしょうね。

 「ザ・コーヴ」という日本のイルカ漁を題材にした映画がありました。撮影用の無人飛行船が登場しましたが、その無人機で撮っている場面は映画に出てきません。無人機で撮影しなくても普通に撮れるんです。でもあえて無人機を強調すると、見た人は何かそこには秘密がいっぱいあって何かが隠されている、と感じますよね。これがPRのテクニックで、この映画のあちこちで使われています。

 PR会社だけがだましのテクニックを使うのではなく、政治家もビジネスマンも、学者も使います。米国では高校や大学などでDebate(討論)やPersuasion(説得力)、Negotiation(交渉)といった科目で、詭弁(きべん)や錯誤、ロジカルシンキングについて学びます。しかし日本では「論理(Logos)より大切なのは情緒(Pathos)」といった風潮があり、学校教育においてあまり強調されてきませんでした。こうした状況の是正は必要でしょう。

 −記者が知識をつけるとPRマンは困るのでは。

 それはないですよ。私が強調したいのは、フェイク(ウソ)なものに対してわれわれも記者の側も、正しい認識を持たなきゃいけないということです。何が真実なのかを見極め、その真実を伝える。真実を受け止める。真実じゃないものを排除する。そのための努力が必要だと思うのです。

 不祥事などがあったとき、企業や政治家は防衛しなきゃならない。記者は記事を書かなきゃならない。PR会社がどう記者をだますかではなく、それぞれのニーズを理解した上で、お互いに真実を追究する。それが、世の中が正しい方向にいくためには必要ではないでしょうか。

 −近著には未来ある若者にエールを込めました。

 タイトルの「自分より頭のいい人とつきあいなさい(Hang with people smarter than you.)」は、ニューヨークでPRコンサルタントとしてキャリアをスタートさせた日に、上司からもらった言葉です。これを聞いて、年配の偉い方に「ランチをごちそうするので、お話を聞かせてくれませんか」とお誘いして回りました。みんな喜んで、経験談やプロとしての心意気を語ってくれました。

 私の好きな言葉を一つ教えましょう。“No date on the calendar is as important as tomorrow.”(カレンダーのどの日も明日ほど重要ではない)。米国のジャーナリスト、ロイ・ハワードの言葉です。

 過去を正すことはできませんが、明日から違ったやり方で生きようと思い、それを実行することは可能です。その意味で、明日ほど重要な日はないのです。

◆あなたに伝えたい

 現状維持で進歩はありません。comfort zone(コンフォートゾーン=ぬるま湯、安全地帯)を抜け出さなきゃ。

 <すぎた・さとし> 1944年、東京都千代田区生まれ。青山学院大経済学部卒業後、英字新聞「朝日イブニングニュース」の記者となる。72年米オハイオ州立大で修士号(ジャーナリズム)を取得。地元紙の経済記者を経て、73年米大手PRコンサルティング会社バーソン・マーステラのニューヨーク本社に入社。90年にプラップジャパン副社長に就任、2007年に代表取締役社長。現在はTYOパブリック・リレーションズ会長。昭和女子大客員教授。1987年からNHKラジオの「ビジネス英語」講座の講師。今年6月に「成長したければ、自分より頭のいい人とつきあいなさい」(講談社)を出版。著書はほかに「人を動かす!話す技術」(PHP新書)など。

◆インタビューを終えて

 「Hello,everybody! 杉田敏です」。大学時代からほぼずっとこの声を聞き続けてきた。米社会の最新事情を盛り込んだビニエット(寸劇)が面白くて、やめようと思ったことはない。

 八年前、NHKの収録現場で取材したとき、番組スタッフが「いまだに勉強熱心で、謙虚。素晴らしい方」。番組がこれほど長く続いているのは、人柄によるところが大きいのだろう。

 「取材で先生はやめてよ」と言われても、やっぱり私にとっては永遠に「杉田先生」だ。先生、まだまだ番組を続けてくださいね。全国、全世界のリスナーを代表してお願いします。

 (石原真樹)

 

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