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あの人に迫る

田中俊之 男性学が専門の社会学者

◆一度立ち止まり、働く理由考えて

写真・石井裕之

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 「男が働かない、いいじゃないか!」。そんなタイトルの著書を出版し、男性の働き方の見直しを提言している人がいる。男性学が専門の社会学者、田中俊之さん(41)だ。働き方改革や女性活躍が求められる今こそ、仕事との向き合い方や生き方を「立ち止まって考えよう」と、世の男性陣に呼び掛けている。

 −男性学とは何ですか。

 男性が、男性ゆえに抱える悩みや葛藤を対象にした学問です。男性という性別が原因で生まれる問題の背景を分析します。

 日本では一九八〇年代後半、女性学の影響を受けて議論が始まりました。例えば、女性学では仕事について女性が結婚、出産で退職や短時間勤務をせざるを得ないという問題を扱ってきた。それとセットにあるのが、男性は仕事を辞められない、長時間労働をせざるを得ないという問題です。

 かつての日本社会では、男性は仕事さえしていれば後ろ指を指されなかった。高度経済成長期は学校卒業後に正社員として就職し、結婚して「男は仕事、女は家庭」のルールのもと、定年まで働くことが求められた。それが今、普通と思われた「男の人生」を実現できない人が増え、生きづらさを抱える人が出てきた。

 男性学は、たまに「旧来の男性中心主義的な考え方と変わらないのでは」と誤解を受けるのですが、そこから脱却して男女平等を実現し、性別にとらわれない多様な生き方が認められる社会を目指しています。

 −どのような問題がテーマに?

 男女で顕著な差があるのが自殺です。同じ日本社会を生きているのに、自殺者数は男性が女性の倍以上。男性は「男なんだから」と弱音を吐かぬよう育てられているので、人に悩みを相談できない傾向がある。「解決できないなら意味がない」と相談もしない。相談相手がいないという問題も背景にあるでしょう。女性が深刻な話でも友達同士で慰め合うのと対照的です。

 長時間労働や働き過ぎも男性ゆえの問題です。日本は、男性と仕事の結び付きが強い。そのために起こる「平日昼間問題」があります。「平日の昼間はまともな男性は働いている」と皆が思っているから、育児休業中の男性が地域の児童館で、母親ばかりでなじめなかったという問題が出る。

 僕がいまだに不思議なのは「男は学校を出たら、正社員として定年までフルタイムで働くものだ」という常識です。僕自身はサラリーマンの父と専業主婦の母の家庭で、男女の役割分担に違和感なく育ちました。大学で男性学を学び、同級生が就職活動を始める姿を見て「男なら働くのが当たり前」と皆に思わせているこの仕組みって何なんだろうと疑問を持った。

 −日本では、男性は働くのが前提になっている。

 以前、対談した女性コラムニストの方が「女性は結婚や妊娠、出産と、仕事を続けるのにハードルがあるから働く理由を考えているけど、男性には『なんでこの人、会社にいるの?』という意味の分からない人が少なくない」と話していたのが印象的でした。これは男性である僕らにとっても不幸で、なぜ働くのか分からないまま四十年も仕事を続けるのか。思考停止状態から脱し、働く理由を真剣に考える必要があります。

 お父さんが働けば、一家が食べていけた時代もありました。でも、今は違う。三十、四十代は非正規労働者が急激に増え、正社員であっても給与水準が下がり、安泰とはいえません。親より学歴、収入、社会的地位が上がり、ある程度それを皆に分配できた社会と違い、自分の子どものころの生活水準を実現できない可能性が高い。劣等感や生きづらさも生まれやすい。

 −働き方、生き方の見直しが必要だと。

 風向きは変わるはずです。これまで育児休業や時短勤務をする男性は「変わった人だから」とされてきた。今は「女性活躍推進」の大義名分があるので、女性がより働くには、男性が仕事時間を減らし、家事育児、地域の役割もやらないと社会が回らないのは当たり前だと説得できます。男性が、仕事中心の生き方を変えるチャンスなのです。

 こういう話を講演などですると、「とはいえ、仕事は減らない」「残業を減らしたら同業他社に負ける」という声が必ず出ます。男性中心の企業では、物事は競争ベースで回っている。いまだに高度経済成長期の神話から抜け出せない。

 右肩上がりの成長が期待できない現代の日本には、競争ではなく、共感ベースの組織運営が必要ではないでしょうか。個々の男性について言えば、「仕事中心で生きても、見返りがないんじゃないの?」という考えがある程度分かれば、仕事との距離も取りやすい。僕が男性の皆さんに伝えたいのは「まずは落ち着いて」ということ。一度立ち止まって考えてみると、理不尽なルール、おかしい働き方に気づくと思います。

 −職場では、短時間勤務の人と長時間働ける人とで新たなあつれきも見られる。

 長時間労働が前提の職場では、育児や介護を理由に短時間勤務をする人がいる一方で、時間の融通が利くと思われがちな独身者が割を食ってるという反発があります。育児や家事に積極的な「イクメン」も、フルタイムで働いてこそ認められる不条理がある。

 昨今の「共働き家庭中心」の言説も気になります。待機児童問題など、共働き家庭のために社会が動いているように見えると、独身者の不満が生じやすい。行政の男女共同参画のキャッチフレーズにありがちな「男も女も、仕事も家庭も」もダイバーシティー(多様性)の観点からすれば大問題。結婚して子どもがいる人が、仕事と家庭を両立しようという文脈だからです。

 五十歳まで一度も結婚をしたことがない人の割合を指す生涯未婚率は男性23%、女性14%(二〇一五年)。独身者、シングルマザー、シングルファーザー、性的少数者(LGBT)を含め、ダイバーシティーの方向で進めないといけない。

 −多様性が認められるようになるには。

 現状は、男女に賃金格差があり、育児家事は女性に偏りがち。家庭を重視した男性が一度出世街道を外れると、戻るルートがない会社も多いと聞きます。

 見せかけのダイバーシティーも進んでいます。一見、寛容さが広がっているようで、実は無関心といえる。「これからは保育所をどんどん造って、共働きしてもらう方がいい」と言いながら、いざ近所に保育所ができたり、職場に短時間勤務の社員が配属されたりすると、「げっ」と拒否反応を示す。利害関係が絡まない限りはいいけど、目の前に来ると認められない。

 異なる働き方、生き方をする人とどう折り合うか。女性の就業率が上がり、結婚や出産後も仕事を続ける人が増えている現状を把握し、そこに適合するにはどうしたらいいかという発想に転じること。互いを理解するための対話の場を確保していくことが大切です。職場にフルタイム就労でない男性がもっといていいし、育児や介護で一時的に仕事量を減らせるように、個人のステージで多様な働き方を認めていくべきだと思います。

◆あなたに伝えたい

 右肩上がりの成長が期待できない現代の日本には、競争ではなく、共感ベースの組織運営が必要では。

 <たなか・としゆき> 1975年東京都生まれ。99年武蔵大人文学部社会学科卒業、同大大学院を経て博士(社会学)。武蔵大社会学部助教を経て、本年度から大正大心理社会学部准教授。社会学、男性学、キャリア教育論を主に研究する。厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会、東京都渋谷区の男女平等・多様性社会推進会議の委員も務める。

 男性学の視点から男性の生き方の見直しを勧め、情報サイトなどで悩み相談に答えている。著書に「男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学」(KADOKAWA)「<40男>はなぜ嫌われるか」(イースト新書)「男が働かない、いいじゃないか!」(講談社+α新書)など。

◆インタビューを終えて

 「最初は男性学が嫌で。主流の男性から外れている感じでしょ?」。取材中、意外な告白を聞いた。それでも研究を続けたのは、日本が「男は仕事」というルールの息苦しさにあまりに無自覚な社会だからという。ほぼ毎日午後六時に帰宅し、一歳の息子をお風呂に入れる。出産時は春休みを利用して約二カ月間休み、家事をしたそうだ。

 翻って共働き家庭のわが家は、母親の私が主に育児と家事の担当だ。男性の生きづらさと女性の悩みが表裏一体であるように、夫婦も一方の思いだけでは家庭はうまく回らない。共に考えていけたらと思った。

 (奥野斐)

 

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