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あの人に迫る

小嶋光信 両備グループ代表兼最高経営責任者

写真・野村和宏

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◆子どもに夢与え未来につなげる

 かわいらしい三毛猫「たま」が駅長を務め、一躍有名になった和歌山県の和歌山電鉄貴志川線。仕掛けるのは、交通運輸業者など十六社の再建を手掛け、「地方公共交通の再生請負人」と呼ばれる両備グループ(岡山市)代表兼最高経営責任者(CEO)の小嶋光信さん(72)だ。廃線の危機にあった地方鉄道に、世界中から観光客が殺到し、空前の猫ブームの火付け役となった。思いも寄らないアイデアの源と、地方公共交通への思いを聞いた。

 ―たまとの出会いについて教えてください。

 たまちゃんは、貴志駅の隣の売店で飼われていた看板娘だったんですよ。小屋が公道にあったので、撤去することが決まっていました。南海電鉄が貴志川線から撤退し、和歌山電鉄に移行した二〇〇六年四月一日、セレモニーが終わった後に売店の女性が追い掛けてきて「なんとか貴志駅にすまわせてください」と言ってこられたのね。

 当時はまったくの犬ブームで、「犬にあらざればペットにあらず」という時代。薄情だとかアレルギーになるとか、猫に対する評価が非常に低かった。たまちゃんに会いに行ったらですね、キリッとした顔で私を見据えたんですよ。その瞬間、ビビビビーと電気が走ってね。市川海老蔵さんみたいな素晴らしい目力でした。「なんとかしてあげたいな」と思っていたら、パッと頭の中に電気がついたのね。「駅に置いてあげてもいいけど、仕事してもらわなきゃいけないよ」と。

 ―駅長というアイデアはなぜ生まれたんですか。

 南海電鉄から引き受けるときに貴志駅を無人にしちゃったんですよ。貴志駅は起終点の駅なので、寂しいなあという気持ちがあったわけ。たまちゃんが「なんでもやるから駅に置いて」と言ってるように感じたの。でも、この予感は見事に当たったね。

 〇七年一月五日から、制帽をかぶったたまちゃんが改札台の上に乗っかってね、お客さまのお出迎え、お見送り、プラットホームの見回りをやってくれました。みんなおもしろいもんだから、「この子、仕事してる」って写真を撮って、会員制交流サイト(SNS)で流す。その愛らしい姿が広まって、香港、台湾、シンガポールや米国、欧州からどんどん人が訪れるようになった。

 ―和歌山電鉄に移行する前の〇五年度に百九十二万人だった輸送人員が、一五年度には二百三十二万人に。貴志川線が成功した理由はなんでしょうか。

 沿線に力があったことですね。一人で沿線をヒアリングして歩いたら、ほとんどの方が「あら、まだ貴志川線走ってるの」みたいな反応。もうだめだと思うかもしれませんけど、優れた経営者が一生懸命やって大赤字の商売というのは誰がやってもだめなのよ。ところが、忘れられてしまった路線でしたから。もっと知っていただけたら通勤、生活だけでなく観光のお客さまも来てくれそうだなと。

 二番目は、地域の人と行政がしっかり応援態勢を組んでいること。いろんな再生運動がありますけども、ほとんどは行政の方たちによるものなんですね。それに対して貴志川線沿線は、「乗って残そう貴志川線」と、六千人くらいの人たちが千円ずつ拠出して、素晴らしい運動を展開していたわけですよ。行政サイドの応援もしっかりしていた。そのシンボルになったのがたまちゃんで、化学反応が起こったんです。

 ―猫耳のついた「たま電車」やまるで子ども部屋のような「おもちゃ電車」など、おもしろい電車を次々と発表していますね。

 地域の人たちに知ってもらうために、乗ってみたくなる電車にしなくちゃいけない。デザイナーの水戸岡鋭治さんが「貴志川町(現紀の川市)はイチゴの産地ですね」と提案して、〇六年夏に華々しくいちご電車がデビューした。かわいい電車たちがシリーズ化されて、おもちゃ電車、そしてたまちゃんへのお礼として作ったたま電車。再建から十年を機に、「ななつ星in九州」に負けないうめ星電車が走り始めました。

 ―地方公共交通を救うために「公設民営」という運営方法を提唱していますが、その狙いは。

 欧州の公共交通について調べてみたら、公設民営で存続を図っていました。固定費となる鉄路や駅、車両などは行政が所有し、運行経費を民間が負担するシステムです。先進国の中で、地方公共交通を民間に任せきっている国は日本だけ。危機感から始めましたが「おまえは社会主義者か」と言われて、当初は誰も信用してくれなかった。

 当時は補助金に勝る救済方法はないといわれていたし、政治も行政も業界もみんなそう思っていた。実績がなければ相手にしてもらえない。そのために、津エアポートライン(津市)、和歌山電鉄、中国バス(広島県福山市)、井笠バスカンパニー(岡山県笠岡市)という順に、公設民営の手法を基に再生していったんですね。

 公共交通はね、簡単に言うと血管なんですよ。日本全体も人間の身体と同じで、地方から人が流れて大都市を形成し、世界に広がっていく。そしてまた地方に戻ってくる。そのための血管の役割をしている。

 ―無償で再建を引き受けているとか。

 国の補助金が入っている間は、一切会社のお金に手を付けない。一杯の酒も飲まない。これが私の信念。和歌山電鉄の時にも不動産を先に買って、スーパーを造ったりマンションを建てたりすればもうかるのはわかってました。でもそれをやったら、本当に公共交通を助けたいという思いが歪曲(わいきょく)されちゃうのね。

 われわれは「経世済民」というね、いわゆる経済人です。「民の苦しみを救うことがすなわち国が治まることでござる」と。六文銭があれば、さんずの川を渡れるんだから。いくら名声を築こうとも、巨万の富を築こうともね、死んでしまえばただの人よ。

 ―明るく再生に取り組んでいるイメージですが、その理由は。

 よく勘違いした人がいてね、一生懸命愚痴をこぼす人がいるけど、自分が一番惨めになっちゃうんだよね。愚痴をこぼす暇があるんだったら、努力した方がいいしね。明るく楽しく、そして将来に夢を描けるようなことを語るのは私たちの仕事。いつも笑顔を持っていることが大事。マイナスばかり見たらだめ。どうやったらプラスにできるか、プラスをどうやって増やしていくか。それが経営。

 ―若者に公共交通の重要性を知ってもらうには何が必要でしょうか。

 子どものときからあこがれを持ってもらうことだと思います。いろんな楽しいデザインをしているのはそれが理由。子どもたちの夢をつくってあげれば、その子たちが社会人になっても、また乗ってみようという気になるのね。

 私は岡山タカシマヤの再生もやっているんだけど、百貨店がなぜだめになったのかって調べたら、一番は遊園地をやめたこと。遊園地で遊んで、お子さまランチを食べて、おもちゃを買ってもらって帰っていく。今、百貨店に子どもの遊び場はほとんどない。いかに子どもたちにいい印象を持ってもらうか。これが大事なことだと思いますよ。

 <こじま・みつのぶ> 1945年生まれ。東京都出身。慶応大経済学部卒業後、三井銀行に入行。73年に義父が経営する両備運輸に常務として入社し、経営再建を指揮した。99年に両備グループ代表。2007年から現職。両備グループは、岡山県などで鉄道やバス、タクシーなど交通運輸業を中心とした51社を展開している。著作に「日本一のローカル線をつくる たま駅長に学ぶ公共交通再生」(学芸出版社)、「ねこの駅長たま びんぼう電車をすくったねこ」(KADOKAWA)など。岡山市内の自宅では代々紀州犬を飼っており、「たまちゃんに出会うまでは、ばりばりの犬党でした」と明かす。

◆あなたに伝えたい

 たまちゃんが「なんでもやるから駅に置いて」と言ってるように感じたの。でも、この予感は見事に当たったね。

◆インタビューを終えて

 昨年のゴールデンウイークは、猫駅長に会いに和歌山に行った。もちろん乗ったのは、百一匹のたまのイラストが描かれた「たま電車」。車内には猫形のライトや猫の写真集が置かれ、あっという間に貴志駅に着いた。駅長室でぐっすりと眠る二代目の「ニタマ」を眺め、こんなにおもしろい電車を考えた人に会ってみたいと思った。

 晴れてかなったインタビュー。初めて訪れた岡山市で路面電車を待っていると、見覚えのある「たま電車」がやってきた。降車ボタンを押すとニタマの「ニャー」という声が響き、「つぎ、とまるニャ〜」と表示され、思わず噴きだした。

 「乗りたくなるような電車をつくる」と小嶋さんは語る。車内には私を含め、スマートフォンのカメラであちこち撮影する若い女性の姿も。小嶋さんの思いは、しっかりと届いている。

 (石川由佳理)

 

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