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あの人に迫る

藤森俊希 被団協事務局次長

写真・中西祥子

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◆核あふれた世界 平和なはずない

 核兵器の開発や保有、使用などを全面禁止する「核兵器禁止条約」の二回目の制定交渉が、ニューヨークの国連本部で行われている。七月に条約が採択されれば、原爆が日本に投下されて以来、核兵器を禁止した初めての国際条約となる。三月に行われた一回目の交渉で、被爆者を代表して演説し、大きな反響を呼んだ藤森俊希さん(73)に、この条約の意味と期待を聞いた。

 −「同じ地獄を、どの国のだれにも絶対再現してはならない」と訴えた国連演説には大きな拍手が湧いた。

 国連での条約交渉の初日に話してほしいと言われ、原稿を準備しました。被爆した時、私は一歳の赤ん坊でした。母に背負われ病院に行く途中、爆心地から二・三キロの地点で母とともに被爆しました。偶然、直接熱線は浴びませんでしたが、爆風で吹き飛ばされました。赤ん坊だったので皮膚が弱く、顔は目と鼻と口だけ出して包帯でぐるぐる巻きにされ、このまま死んでしまうと思われたそうです。なんとか生き延びました。

 −後遺症は。

 目立つようなものはありません。ただ被爆の影響でしょう。小学校に上がるまでよく熱を出し、寝たり起きたりでした。母の背に負われていることが多かった。休むことなく学校に出席すると出る皆勤賞とは縁がありませんでした。毎年八月六日になると母は、子供たちを集め自らの体験を、涙を流しながら聞かせました。その記憶が、私の被爆体験の原点です。

 −日本政府の対応について演説の中で「心が裂ける思い」と。

 唯一の戦争被爆国の日本が、核兵器禁止条約の制定交渉開始を求める国連総会決議(二〇一六年十二月二十三日)に反対したことについてです。最初は「断腸の思い」と書いたのですが、独りよがりになってはいけないし、英語に訳しやすく、理解しやすいように変えました。演説の中の表現のいくつかは、そうやって最後まで書き換えました。真剣に聞いてもらい、たくさん拍手を受けました。理解してもらえたんだな、とうれしかったです。

 −なぜ、「心が裂ける思い」だったのか。

 日本政府は、国際会議の場で必ず「唯一の戦争被爆国」と立場を説明してきました。核兵器に関連する国際会議にも出ていました。しかし、橋渡しどころか、核保有国が参加しない会議は意味がないと足を引っ張る発言ばかりでした。さらに、私が国連で演説した後、演説した日本の高見沢将林軍縮大使は「残念ながら現状では、建設的で誠実な形で交渉に参加することは困難」として、核兵器禁止条約の交渉会議に参加しないと表明しました。

 −どんな思いだった。

 もし先に大使の話を聞いていれば、演説の中身を変えて、批判したでしょう。「今後は協議に参加しない」というのだから、橋渡し役として橋を架けないどころか、自分で橋を落としてしまった。思った通りにいかないので「やーめた」と自ら役割を放棄したということでしょう。成熟した態度ではありません。ただ参加できないというのなら、まだ理解のしようもあります。しかし「建設的で誠実な形で参加できない」とはっきり否定したわけですから罪は重い。精いっぱいやるべきなのに、一切やらないと言っているんです。

 −なぜ、こんな姿勢か。

 日本政府にも理屈はあるのかもしれません。日本は唯一の戦争被爆国ですが、日本を守るためには核の傘が必要だと考えている人がいる。世論調査もでこぼこの結果が出ている。政府の対応は、そういう国民の意識を反映したものともいえます。しかし、不参加の理由はおかしい。

 −というのは。

 核兵器を持って国の安全を守る。北朝鮮を見よ、核兵器を開発している。だからわれわれも核が必要なんだ。筋が通っているようですが、全く逆です。無差別に大量虐殺する他の兵器については、国際法や条約で禁止されている。ところが一番破壊力があって非人道的な結末を導く核兵器だけはない。どう考えてもおかしい。核兵器は必要で、世界に広がるほど安全が守れるという話になってしまう。地球上に核兵器があふれて平和になるはずがない。誤操作してしまう危険性もある。だからあってはいけないのです。

 −今回、核兵器禁止条約協議をリードしたメキシコなどの国は真剣だ。

 われわれも一年もたたないうちにここまで来るとは考えていませんでした。

 原水爆被害者団体協議会(被団協)は昨年四月に、核兵器禁止条約の制定を求める国際署名を始めました。すでに累計で約三百万人分近く集まりました。わずか一年で、こんな進展があるとは想像できませんでした。条約交渉会議の議長は七月七日の最終日までに禁止条約を採択すると言っています。われわれが想像できなかったスピードで、世界全体が核兵器禁止の方向に動いています。

 −議長はエレン・ホワイトさんですね。

 中米コスタリカ出身の女性です。いち早く軍隊をなくした国として有名です。彼女の指導力は大きい。

 −なぜ採択を急ぐのか。

 理由はトランプ政権にあると思います。トランプ政権はまだ、政府の人事が固まっておらず、完全には機能していません。トランプ大統領は、核兵器はない方がいいが、持っている国があれば、それ以上持つと増強する姿勢を表明しています。これまでは減らす方向でした。何かあると核兵器を使って威嚇するでしょう。北朝鮮への対応を見ても分かります。日本海に原子力空母を投入しました。禁止条約が急がれます。

 −市民の力も大きい。

 今回の条約作りには市民の署名が大きな力になっています。例えば北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であり、核兵器が配備されているオランダは、核兵器禁止条約の交渉会議に出席しました。これはオランダの市民の力でした。禁止条約の協議に参加するよう求める四万五千人以上の市民の署名が集まり、国会がそれを採択したので、政府も動かざるを得なくなった。市民と国会が協力すれば、大きな力になる。市民のパワーで状況は変えられる。オランダ政府が交渉で積極的な役割を果たしているわけではありません。「核兵器保有国の広い支持がない条約はだめだ」との立場を表明していますが、さまざまな角度からの発言があってこそ、議論は深まるのだと思います。

 −米国に危機感はあるか。

 日本政府は「条約作りは簡単には進まない」と冷ややかに見ていますが、米政府は違います。NATOの加盟国と米国の同盟国に対して、核兵器禁止条約の交渉会議の開催を求める決議に反対し、開かれても参加するなと文書を流し、圧力をかけました。ほとんどの国が米国の圧力通り反対しましたが、決議は国連の第一委員会、総会とも賛成多数で可決されました。条約交渉会議が開かれる可能性を把握していたのです。

 −もし七月に条約ができたら、効果はあるか。

 あります。非核兵器国の圧倒的多数が条約を批准すれば、核保有国は何のための核保有かということになります。条約の草案は核保有国が参加できるよう門戸を開いています。私も七月には、国連に行き、条約成立を見届けるつもりです。

◆あなたに伝えたい

 大量虐殺する他の兵器については、国際法や条約で禁止されている。ところが一番破壊力があって非人道的な結末を導く核兵器だけはない。どう考えてもおかしい。

 <ふじもり・としき> 1944年、広島市生まれ。早稲田大理工学部在学中東京で就職。1歳4カ月の時に、家族7人とともに被爆。4番目の姉が犠牲に。3番目の姉は7歳の次男をリンパ性急性白血病で亡くし、本人も被爆者に多い肝臓病で亡くなった。母、カスミさんは、毎年8月6日、涙を流しながら子供たちに被爆体験を語り、つらい思いをしてなぜ話すかとの問いに「あんたらを同じ目にあわせとうないからじゃ」と言った。定年後、「田舎に住みたい」という妻の希望で「スキーができて、アユ釣りが楽しめる」長野県茅野市に転居。2010年に長野県原爆被害者の会会長。12年から被団協事務局次長。各地で自分の体験を語っている。

◆インタビューを終えて

 核兵器禁止条約のプロセスに参加しないと宣言し、「禁止条約は核兵器のない世界に資さないばかりか、逆効果になりかねない」(菅義偉(すがよしひで)官房長官)と批判する日本政府の姿勢は、本当にもどかしい。

 藤森さんは「日本政府の姿勢は子どもっぽい」とも表現したが、私も同感だ。

 すでに条約の草案は公表されており、現行の核不拡散体制を認めたうえで、広島、長崎の被爆者に言及し、核兵器の非人道性を訴える内容となっている。多くの国がこの条約に賛同している。

 この動きの中心にいるべき日本政府は、残念ながら世界から取り残されている。

 (五味洋治)

 

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