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あの人に迫る

柘植伊佐夫 人物デザイナー

写真・池田まみ

写真

◆現実味の追求で作品に命は宿る

 NHK大河ドラマや映画「シン・ゴジラ」など話題作を手掛けてきた人物デザイナーでビューティーディレクターの柘植伊佐夫さん(57)。「人物デザイン」という分野を開拓し、作品全体のキャラクターや衣装、ヘアメークといったデザインを総合的に手掛けている。仕事とそれに懸ける思いを聞いた。

 −現在の仕事にたどりつくまでの道のりが気になります。

 高校卒業後に地元の美容室に就職して三年ほど勤めました。「モッズ・ヘア」に移籍してヘアメークアーティストとしてコレクションや雑誌を担当しました。仕事で知り合った衣装家の方から紹介を受け、一九九九年の映画「白痴」でビューティーディレクターを担当したのが始まりです。

 −人物デザイナー、ビューティーディレクターの仕事について詳しく教えてください。

 ビューティーディレクターは作品のヘアやメークなど「ビューティー」に関わる部分全般を担当します。人物デザイナーは、作品に登場するキャラクターを総合的に手掛けます。

 人物デザインは、自分がコンセプトのデザインを決め、各担当部署に伝えて物質化していきます。基本はラフ画を描いて伝えますが、精密なものが必要な場合はイラストレーターを用意します。統括する分野はヘア、メーク、かつら、結髪、床山、衣装、小道具など幅広いです。それぞれがずれたものだと途中であつれきが生じ、修正予算がかかるので最初にできるだけ一致させている方が、コスト、クオリティーの両面で良いものができます。一人が分担について考え方を差配しているので作品に統一感が出ますし、ものをつくる姿勢で疑問を感じたことはありません。

 −人物デザイナーのやりがいや苦労されている点を教えてください。

 人物デザイナーに必要とされるのは適切なチーム編成と、各部署の責任者と自分が親密にわかちあえるかどうか。それが大事な作業で、次の段階で情報共有システムづくりの話になる。ちょっとでも情報が遅れると出来上がりがぎくしゃくするんですよ。本当に大事です。あとは予算管理も重要になりますね。

 脚本や原作、監督の演出方針はありますが、扮装(ふんそう)の具体的な部分は自分から始まります。自分が最初なので情報がクリーンに出てくるように心掛けています。

 歴史など背景にあるものは膨大で知的な面での研究は大変です。扱う物量は多くて、ビューティーディレクターと比べたら四倍くらいになります。二〇〇八年の映画「ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌」が人物デザインを始めるきっかけ。プロデューサーからキャラクター全体の監督を頼まれ、最初は「大変じゃないかな」と断ったぐらいです。

 やりがいは準備、途中、最後のそれぞれにあります。役者に対して扮装を作り終えたとき、あるいはアイデアが出て作っているものが非常に良い方向に進んでいるという自覚をもてたときは高揚感があります。その次は現場になじんでいる状況、最後に作品になって「いいな」と思えたときの達成感です。

 −これまで手掛けた中で一番印象に残っている作品を教えてください。

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」です。人物デザインの言葉が生まれたのは、この仕事が始まりということもあって印象深いです。

 大河を手掛けたのは初めてでしたし、どんな価値観で何を投入していったらいいんだろうかと悩みました。二年弱という関わった時間は長いですし、四百人の人物デザインを手掛けるという物量が多くて本当に大変でした。あとにもさきにも「龍馬伝」のように力を振り絞ったことはないです。

 終わってみると本当に楽しかったです。作中に登場するかつらにはこだわりましたね。車で例えるなら普通車とF1くらいの差です。今もって「龍馬伝」を超えるかつらは見受けられないです。自身が手掛けたことにおいても最高だったと思っています。リアリズムのかつらという点では、超えられないと思います。リアリティーは感覚的なもので、そのものを見てあるかのように感じる。リアリズムは写実性で、写しに近いです。リアリズムとファンタジーの部分を行ったり来たりさせているのが「龍馬伝」です。そういう手法をとりながらリアリティーに落とし込んでいきました。

 −昨年公開された映画「シン・ゴジラ」が話題になりました。

 この作品の場合は、カメラが機械的に風景を切り取ったかのような概念で、人物デザインを考えなきゃいけないと思いましたね。

 「シン・ゴジラ」は現代劇で、作中に登場する制服を使いながら仮想現実を表現しなくてはいけなかった。できるだけ余分なことをしないように心掛けました。例えばスーツだったら「ここ絞った方がいいんじゃない」というのが、すでに余分なことだったりしますよね。こういう映画ではつるしのスーツの方が良くて、素人くさい感じを出したかった。そういうリアリティーの方が人に伝わる映画でした。

 防災服はあらゆる角度から調査しました。東日本大震災で政府の要人が着ていた防災服を実際に手に入れることができなかったから。かっこいいデザインではありませんが、役職を示すデザインの意味なども含めて、忠実に再現しました。

 この作品は、ぶれが少ないですし、どっしりとしていますよね。コンセプト、マナー、コンテクストが貫かれている作品は見る側が安心しますし、人の心に届くと思います。

 −さまざまなジャンルの作品を手掛けています。

 時代劇は大好きですし、いつでも大歓迎です。一種のノスタルジーがあって好きですね。平安時代のみやびな雰囲気も良いですが、江戸時代のちょっと粗野な、運動性がある感じに引かれます。明治期以降は江戸時代に培われた文化がことごとく破壊されたと思っていて、つらい気持ちになります。作品で言えば本質的には時代考証に任せますが、必ず生じる隙間でどれだけ表現を拡大できるかってことを考えます。フレームがきっちりしていればしているほど、逆に自由っていうのは広がる感じはします。

 時代劇は扮装面が全部とりそろっていないと成立しません。現代劇はカジュアルで見る人の心に迫りやすいという利点はあります。時代劇のロマンというか架空な感覚、演劇的な要素も好きなんです。

 −同じ分野を目指す若者たちにメッセージを。

 やりたいことを見つけるのはいいこと。生き方として必要だと思います。「来るものを拒まないこと」も大事です。両方あると何かが開けてくるはずです。

 「こんな仕事の依頼が来ているけど大丈夫かな」と考えることはありますが、来るものは拒みません。ポジティブに感じる「来ちゃった」、ネガティブに感じる「来ちゃった」にも意味に変わりはありません。色彩は違っても、真摯(しんし)に立ち向かわなければならないことは二つとも同じです。

◆あなたに伝えたい

 明治期以降は江戸時代に培われた文化がことごとく破壊されたと思っていて、つらい気持ちになります。

 <つげ・いさお> 1960年生まれ、長野県伊那市出身。主な作品に、映画「おくりびと」「十三人の刺客」「寄生獣」「進撃の巨人」「シン・ゴジラ」、NHK大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」、NHK大河ファンタジー「精霊の守り人」、舞台「あかいくらやみ〜天狗党幻譚(てんぐとうげんたん)〜」「PLUTO(プルートゥ)」「足跡姫〜時代錯誤冬幽霊(ときあやまってふゆのゆうれい)〜」「六本木歌舞伎 座頭市」。人物デザインを開拓したことなどが評価され、第30回毎日ファッション大賞鯨岡阿美子賞。映画「喰女−クイメ−」で第9回アジア・フィルム・アワード衣装デザイン賞。著書に「龍馬デザイン。」「さよならヴァニティー」。

◆インタビューを終えて

 記者がかつて勤めていたのは、柘植さんの故郷の長野県伊那市。以前から話を聞きたいと思っていた。ざっくばらんに話す人柄に引きつけられた。

 インタビュー中、地元の美容室の採用面接で「男性美容師ってもうかりますか」と尋ねたことを笑いながら明かした。「過去を釈明するわけじゃないけど、未来の可能性を聞きたかった。知識がないからその言葉しか出なかった」と続けた。

 「未来にとって何ができるのか。どんな可能性があるだろうか」。仕事に取り組む際の考え方は現在も変わらないという。記者の仕事に通じるその視点を忘れずにいよう。

 (鈴鹿雄大)

 

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