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あの人に迫る

青野豪淑 非行少年の就労を支えるIT会社社長

写真・中嶋大

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◆叱って引き出す「助けたい」思い

 福祉とは無縁そうなIT業界から引きこもりやヤンキー(非行少年)ら社会になじめない若者の就労に奔走する。名古屋市中区のIT会社フリースタイル社長の青野豪淑さん(39)。これまでに、そんな三百人以上の若者と向き合い、今年から支援の輪を障害者にも広げる。利益を追求する企業と非営利の福祉に橋は懸かるか。成長を続ける企業経営者が描く福祉の未来像を聞いた。

 −引きこもりやヤンキーの就業支援を始めたきっかけは。

 大阪市で生まれた私は、六人きょうだいの末っ子で父は無職。家は夜逃げを繰り返すほど貧乏でした。親がいつもお金のことでけんかしていたせいか「金がないとけんかする」という固定観念を持ったのでしょう。金を稼ぐ気持ちはとにかく強かったです。

 高校卒業後、食肉店に始まり宝石商など職を転々とする中で営業スキルを磨き、住宅販売をしていた時は月に十億円を売り上げたこともあります。しかし「自分さえもうかればいい」と高齢者に高い布団を売り付けたりしていた罰が当たったのか、ある時、投資話にだまされて二十六歳で四千万円の借金を抱えました。借金取りに追われる毎日の中で「人さまの役に立っていないから神様が不幸にした」と思うようになり、罪滅ぼしのため、他人を幸せにすることを目的に生きていこうと思ったのが転機です。

 営業で培った話術や思考法を社会に役立てようと、仕事が終わってからの時間を使って子育てに悩む家庭を毎日訪ね歩き、ボランティアで相談に乗るうち、彼らの更生と就労支援が始まりました。

 −どんな子たちですか。

 引きこもりやヤンキーのほか、薬物やパチンコ依存症、暴力団員などです。自閉症やアスペルガー症候群の子もいたはずです。中には感情にまかせて初対面で殴りかかってくる子もいましたし、暴力団事務所に「こいつを更生させるので辞めさせてください」と直談判に行ったこともありました。

 多くは普通に生きられるのに意志が弱かったり親の愛情が不足していたりして、そんな人生を送っているだけの子たちです。共通して、親が子を愛するがあまり、叱っていない。そのため、私が代わりに正面からけんかしてあげていました。私も贖罪(しょくざい)という目的をもって戦っているので強かったですよ。過去に叱られてこなかった子たちに、そういう思いは伝わるんでしょう。叱るってことは、その子の将来を本気で考えているということですから。一度けんかすると兄貴みたいに仲良くなって言うことを聞くようになり、少しずつ立ち直っていきました。

 −なぜIT企業を立ち上げたのか。

 相談に乗っていた親の願いは子の就職です。そこで営業で知り合った企業に雇ってもらっていました。しかし、上司を殴る子や入社翌日から欠勤する子、首裏まで入れ墨のある子など、約二十人がどこにも就職ができませんでした。その一人から「青野さんが会社をつくれば俺らをクビにしませんよね」と言われたのをきっかけに二〇〇六年に創業したのがこの会社です。

 私も仕事を取るのは得意でしたし、「あそこに行けば助けてくれる」との口コミで社員も増え、今では従業員も約百二十人になり新卒採用も始めました。ただ、当初は引きこもりや中卒のヤンキーの集団だったので「本当に反社会的勢力ではないですか」と銀行でも何度も確認されましたよ。

 −社会になじめない子と、ITの業態に何か親和性があるのですか。

 引きこもりや入れ墨があって人前に出られない子でも人目に付かずに家でもできる仕事は何だろうと考えたのがパソコン業務です。引きこもりはパソコン好きなのですぐ技術を覚えます。また、IT業界が求める能力で常に挙がるのがコミュニケーション能力。ヤンキーはコミュ力の塊なので会社に来なくなった引きこもりの面倒を見たり、組織をまとめたりする能力が重宝されます。どちらもITと相性が良い。これまで弊社から五十人以上が巣立ち、月給五十万円を稼ぐ子も出てきています。

 −取り組みを通じて分かったことは。

 本当は彼らも人に助けられるより助けたいと思っているんですよ。でも、親が叱らなかったせいでこらえ性が育たず、勉強や学校から逃げ続けて今に至るので、多くの場合は自分に能力がないと思い込んでいる。

 しかし、働いてスキルがつくと、人から頼られるようになる。これまで助けられて「ありがとう」しか言えない人生が、人を助けられる人生になるのです。そんな子が一度でも「ありがとう」と言われたらもう麻薬みたいなもので、私が手をかけなくても一人で走り始めます。

 −親は子どもを愛するあまり叱らない、と。

 ある家庭は引きこもりの息子が毎日バットを持って暴れていて家はボコボコ。母親を「おまえ」と呼んでも父親は見て見ぬふりでした。本来なら「何て口の利き方だ」と叱らないといけない。でも、さらに暴れたり関係がより悪化したりするのが怖い。はっきり言えば親が自分のことを考えて叱れない。それは親の責任放棄です。でも、私が代わりに叱ると親は「なぜ叱る、この子にも良いところがある」と怒るんです。最近の一部の親は子を愛するあまり叱れないのです。そこで親を変えようと、二十代ながら五十代の親を正座させて説教していましたが、子は変わっても親は最後まで変わらなかったですね。

 −今年から長野県安曇野市の障害者就労施設と連携を始めました。

 発達障害などの障害者向けに講師を派遣してプログラマーとして育てたり、IT業務を発注したりする取り組みを始めました。人助けをしている福祉施設やNPOの一番の課題は資金がないこと。今までそうした施設や団体と金銭支援をする企業を結ぶ橋がなかった。しかし、会社も大きくなって私が直接手を差し伸べられる子の数にも限界を感じる今、施設や団体を金銭的に支援する側に回ろうと思っています。

 例えば今の売り上げは五億円ほどですが、一千億円になってスイス銀行に預ければ、金利だけで毎年何十億と入る。それを全て寄付したら日本全国のNPOを救えると思うんです。そのためには今のような下請けからメーカーになる必要がある。その一歩として昨年末に初の自社ゲームをリリースしました。

 今のIT業界は、発注元が百万円で出した仕事も弊社のような三、四次下請けに来るまでにピンハネされて約半額になる。そしてピンハネ分は繁華街に消えているが、それでいいわけがない。

 ただ、商売の世界はきれいごとだけではやっていけないのも事実です。そこで、「うちに直接発注すればその何割かを必ず慈善事業に回すので宣伝効果があります」とPRするとか、福祉施設との連携を成功させて売り上げを拡大させ、追従してくれる企業を待ちたい。今は、そう思っているんです。

◆あなたに伝えたい

 そんな子が一度でも「ありがとう」と言われたらもう麻薬みたいなもので、私が手をかけなくても一人で走り始めます。

 <あおの・たけよし> 株式会社フリースタイル代表取締役。1977年、大阪府生まれ。府立砂川高校を卒業後、食肉店に勤めるが牛海綿状脳症(BSE)のあおりで転職し、住宅や宝石販売、中小企業コンサルタント、飲食店など約10種類の仕事を経験。投資話にだまされ、4000万円の借金を背負い、26歳で兄の住む名古屋市に転居。社会になじめない子を持つ親の相談をボランティアで始めた。どこにも就職できない若者を雇うために2006年にIT企業を設立。プログラミングやアプリ開発などを手掛け、初めて自社開発したインターネットゲーム「アロット・オブ・ストーリーズ」を昨年末に出した。従業員約120人、年商約5億円。家族は妻と長女(9)。

◆インタビューを終えて

 農業の人手不足に悩む長野県で畑作業に障害者の雇用を見いだす農福連携を取材中、ITと福祉の連携を模索する青野さんを知った。社会保障費が増加する中、「いつまで国の補助をあてにできるか分からない」と不安を口にする福祉施設関係者も多く、引きこもりや障害者の経済的自立は喫緊の課題だ。普段は大阪の兄ちゃんという雰囲気の青野さんが話の終盤、「成功しているIT企業経営者の多くはなぜか福祉や慈善事業に興味がなく、取り組みに共感してくれない」と憤りを口にした。もはや贖罪では説明がつかない信念が見え隠れするそのまなざしに、活路を感じた。

 (五十幡将之)

 

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