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あの人に迫る

暉峻淑子 経済学者

写真・市原和宏

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◆対話重ねるとき何かが生まれる

 「対話する社会へ」。経済学者の暉峻淑子さん(89)が一月に出版した新書のタイトルだ。身近な地域の出来事から国内外の政治まで「対話」をキーワードに読み解き、分断の進む日本社会に警鐘を鳴らす。暉峻さんは「対話は民主主義の基本。戦争・暴力の反対語は、平和ではなく対話」と力を込める。

 −対話とは何ですか。

 まず、会話は「いい天気ですね」などあいさつや雰囲気を和やかにさせる雑談のことで、人間社会の潤滑油のようなもの。ディスカッション(討論)は問題解決のために議論し提案や結論を出そうとすること、ディベートは論点に対して肯定側と否定側に分かれ、勝ち負けを決めます。

 対話は、お互いが人格を認め合い、対等な立場で話します。言う人は、次は聞き手になり、聞かされた人は次に言う。双方向のやりとりです。表情とか、しばらく言葉がでてこないなどのしぐさも効力を発する。なので、対話で自分の心に残ったことはものすごく納得できます。両方の主張を足して二で割る妥協とは違い、対話の中から新しい視野が開け、新しい創造的な何かが生まれます。

 −なぜ対話にこだわるのですか。

 家族と、恩師と、地域の人たちと。さまざまな対話が私に人間としての生き方を考えさせ、心の中に残り続けています。一方で今、日本の政治は一切対話をしようとせず、議会は多数決で押し切ってしまう。米国のトランプ大統領もそう。危機感を抱いています。

 例えば、教育現場では職員会議が否定されました。教員同士が悩みを相談する場がなくなり、対話の代わりに命令と監視が支配する現実がやってきました。教員が上下関係で管理・監督されるようになると、教員と生徒の関係も同じになる。私が経験した軍国主義時代の「口答え禁止」に近づいているように思えます。

 沖縄の基地問題も。戦争で県民の四人に一人が死に、戦後は銃剣とブルドーザーで土地を取り上げられ、今、普天間基地を解決するといって無理やり辺野古に基地が造られようとしている。地方分権一括法が通って国と地方は対等なのに、対話もせず、国が一方的に押しつけるのは法律的にもおかしい。

 対話で解決できないから、結局力でやろうとするのですね。ドイツには「対話が続いている間は殴り合いは起こらない」という言葉もあります。平和とは受け身で何もしないことではなく、努力してつくるもの。その努力の一番大きなものが、対話です。民主主義社会の出発点であり基本である対話の大切さを繰り返し読んでもらおうと、初めて自分から出版社に企画を持ち込みました。

 −「人は対話を求めている」と実感しているとか。

 地元で毎月開く「対話的研究会」には、主婦や保育士、銀行員など多様な人が集まります。テーマは地元の道路問題から十八歳選挙権などさまざま。始めたきっかけは、登壇者が一方的に話すだけの講演会に物足りなさを感じたことでした。

 会を重ねるにつれ、みんな生の人間との対話に飢えていることに気づきました。最初は「私なんて」と言っていた主婦が、堂々と発表するようになりました。病気など弱みもさらけだせる土壌ができ、そういう会話の中に政治の話も出てきます。社会や政治に批判的な意見を言う人は雲の上の人や思想家ではなく、普通の人なんだ、とわかってくるのが良い。「これっておかしくない?」と疑問に思うことや受け入れられないことを日常的に話し合うことが、社会の健全さを支えます。逆に、対話がないことは、権力者にとって都合が良いのです。

 −絵本「サンタクロースってほんとにいるの?」も、親子の対話で展開します。

 サンタという全然知らない人が無条件に自分にプレゼントをくれるのは、子どもにとって「世の中はそんなに良いものなのか」と、社会や人間に対する信頼を得る機会だと思います。小学生くらいになって友達に「いないんだよ」と言われたとき、親がどれだけ「いるよ」と言っても、納得できない。子どもが自分なりに「やっぱりいる」と思うには、対話でしか表現できないと考えました。

 「(サンタが)こないうちもあるのはなぜ?」という子どもの問いへの答えは、見つけるまで三年かかりました。それは「病気の子のそばで朝まで話し込んでしまって、まわりきれなくなったのかなあ」というもの。あるとき長男が、クリスマスプレゼントの積み木を一本だけ自分のものにして、残りを私によこして「ママのだよ」と、何ももらえなかった私を慰めてくれた。ああ、子どもには、人の悲しみとか喜びがわかるんだ、と。変な理屈ではだめだ、こういう言葉なら伝わる、と思いつきました。

 −専門は経済学です。

 文学部を卒業後に経済を学び、経済学者になりました。文学を選んだのは、人間に対する興味から。ただ、社会は経済で動く。例えば樋口一葉の小説「にごりえ」の主人公は、貧乏で身を売る。それは、文学だと個人の悲しみに終始する。でも社会保障制度がちゃんとあれば、悲しみの種類は違ってくる。社会が変われば人間も人間の悲しみも変わります。経済の動きを知らないと人間を理解することにはならないのではないか、そう気づいて、経済を勉強しました。

 人間の広さというか、多元的なところにすごく興味がある。とても哀れみ深い人は哀れみだけでやっているかというと、経済的な計算もしないと生きられない。けちな人も、けちなだけじゃない。なぜ人間に興味がある人間になったのかわからないけれど、興味がないほうがおかしいと思う。だって人間は集団として生きていて、他人に興味がなければ集団はうまくいかない。私は最も人間的に生まれた人間だと思う。

 −対話のある社会をつくるにはどうすればよいのでしょうか。

 大切なのは、人間としては皆同じ、という根本に返ってみること。災害ユートピアといわれるように、大きな災害に見舞われたときに人は立場やイデオロギーの違いを捨てて助け合おうとする。それは集団で生きる人間の本能のようなものでしょう。

 ベラルーシの心理学者レフ・ビゴツキーは、人間の思考は、幼児と両親の間で交わされる対話の相互作用の中から生まれる、と述べています。大人はわかってもわからなくても幼子に一生懸命言葉をかけ、子どもも応じますよね。人間は対話するように生まれてきた、と私は思います。その本性を呼び覚ますように、相手の尊厳を認め、働き掛け続けることです。時間がかかることも当然あります。

 人間の脈は一日十万回打っているそうです。私の心臓も相手の心臓も、ゼンマイも電池もないのに、死ぬまでそうやって毎日拍動を続けて動いている。そう思うと、私はそれだけでも認め合いたくなるのです。そこから対話が始まります。

◆あなたに伝えたい

 疑問に思うことや受け入れられないことを日常的に話し合うことが、社会の健全さを支えます。逆に、対話がないことは、権力者にとって都合が良いのです。

 <てるおか・いつこ> 1928年、大阪市天王寺区生まれ。日本女子大文学部卒、63年法政大大学院社会科学研究科経済学専攻博士課程修了。経済学博士。ベルリン自由大、ウィーン大の客員教授、日本女子大教授などを経て、埼玉大名誉教授。92年から旧ユーゴスラビアの難民支援に取り組み、2008年にNPO法人国際市民ネットワークを設立、代表を務める。10年から地元の東京都練馬区で近隣住民と「対話的研究会」を続ける。

 著書に「豊かさとは何か」(1989年)、「豊かさの条件」(2003年)、「社会人の生き方」(12年、以上岩波新書)、「サンタクロースってほんとにいるの?」(1982年、福音館書店)他。

◆インタビューを終えて

 「サンタクロースってほんとにいるの?」が大好きだ。子どもの真っすぐな質問になんとか答えようと考えを巡らす親に自分を重ね、何度も読み返した。思い付くまで三年かかったというあの答えに込められた優しさが、毎回心に響く。

 「ヨーロッパではまずお茶からなのよ」と、暉峻先生の取材は紅茶をいただきながらゆったりと始まる。時間も対話の大切な要素。あくせくしていては対話はままならない。先生の自宅で、真夜中の電話で、何時間も対話を重ねた結果がこの記事になった。誰かと誰かの対話のきっかけになればうれしい。

 (石原真樹)

 

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