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あの人に迫る

溝畑宏 大阪観光局長

写真・横田信哉

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◆外需で地域に力 主役は地元住民

 訪日外国人が急増し、昨年はついに二千万人を突破した。元観光庁長官で大阪観光局長の溝畑宏さん(56)は、日本が観光立国へと歩み始めた時期から「観光を国民運動に」と呼び掛けてきた。地方自治やJリーグクラブ経営の世界から観光の旗振り役に転身した経歴とともに、人口減少時代の観光振興の意義を聞いた。

 −旧自治省(現総務省)の官僚から異色の経歴を歩んできました。

 大学のOB訪問で、当時自治省にいた元佐賀県知事で現衆院議員の古川康さんから言われた言葉に影響を受けました。「北海道から沖縄まで各地域を魅力あるものにすることこそが、本当の日本の活性化ではないか」と。これや、と思ったんですよ。

 もともと役所はあまり好きやなかった。威張ってるイメージあるし、そもそも京都の人間って官僚嫌いやし。民間企業でやってやろうと思っていたんですけど、地域を元気にすることで日本を良くするというベクトルが、ぴったり合ったんですね。

 僕は京都出身だけど、フランスやイタリアにも住んだことがある。そこで参考になったのは、どの地域でも住民が地元に誇りを持っていた。地域の魅力って、住民がその地域に誇りを持つことだと思うんです。だけど、大学で東京に行ったら、地方出身の学生が地元を自慢しないし、方言を使わんのですよ。

 −自治省から大分県に出向し、二〇〇二年のサッカーのワールドカップ日韓大会を大分に誘致しました。

 大分で最初に感じたのは、役所に限らず、やる前から無理だと言う習性が人に染み付いている。それで、この地域に夢が必要だと思ったんです。そこで、ワールドカップです。イタリアでは、人口十万人くらいの街で二万人収容のスタジアムがいっぱいになっていた。人口百二十万人の大分県で、なんでできひんの。狙ったのは、住民の目線を上げ、世界を視野に置くことです。大分から東京経由じゃなくても、世界に直接チャレンジできるんだと。

 −Jリーグの大分トリニータにもGMとして関わり、〇二年にJ1昇格を決めました。

 一九九四年のチーム創設時、〇二年までにJ1に上がり、五年以内に日本一になると宣言しました。大分の名を国内外に知らしめ、子どもに夢を与えたかったんです。頑張れば、一流になれるんだと。J2に参入した九九年からは二年連続で、勝ち点1差でJ1昇格を逃しました。そこであきらめなかったのは、途中で投げ出すわけにはいかんという気持ちですよ。

 −後に社長に就任し、公務員を退職しました。〇八年にはナビスコカップで優勝していますね。

 先日引退した高松大樹という男がいましてね。契約更改の時、彼に言われました。「溝畑さんがいくら頑張れと言っても、俺の心には響かない。俺たちは毎日が勝負だけど、あなたには帰る場所がある。本気になるなら、社長に専念すべきだ」と。これはやるしかないと思いました。退職金をトリニータの株に充て、これで駄目なら無一文や。それでも勝負やと。

 それからはフロント、選手、サポーターが「チームを日本一にするんだ」と一体感が出た。あの時、バッシングを浴びても、観客と向き合ったのが良かった。当時の体験が、観光庁や大阪観光局に来てからも、地域をどう巻き込み、お客を増やすかというところでつながっていると思います。

 − 一〇年に観光庁長官に就任しました。なぜ突然、観光に携わることになったのでしょうか。

 トリニータを辞めた後、いろんなところから誘われたんです。海外の企業や大学、プロ野球界からもオファーがありました。当時リーマン・ショックで日本が冷えきった中、霞が関から、観光を世界に打ち出せるやつはおらんかと。そこで私の名前が出たようです。

 金を使わず、知恵を使って、今ある資源を生かす。その点で、観光は極めて生産性が高いと思いました。地域の魅力を発信し、域外から人や金を集める。これからの日本は、少子高齢化や人口減少で、国や地方の財政が厳しく、公共投資ができない。そういう中で、少ない税負担で経済効果を引き出すには、これだと。

 それに、地域が元気になる。観光は裾野が広く、ほとんどすべての産業が絡むんです。だから地域振興、人材育成、経済の活性化という点で、非常に伸びしろがある。しかも資源は豊富にある。四季の変化、美しい自然、安全、健康長寿。これはどこの国にもない日本の特性ですよ。

 −もともと観光の専門家ではありませんね。

 その分、幅が広いんですよ。観光の世界って、今まで旅行会社やホテル、運輸会社とか狭い業界で議論していたんですね。僕は、コテコテの観光業界にいなかったから、スポーツやエンターテインメント、医療も含めていろんな分野で観光をやるべきやないかと思えたんです。

 観光とは、地域づくりをベースにした総合的な戦略産業です。そこには文化政策、都市政策、いろんな政策が絡んでくる。観光はまさに起爆剤だし、いろんな政策の司令塔の役割を担えるんですよ。

 まだまだ日本では、観光が軽く見られています。他の国には観光省があるけど、日本は観光庁。国土交通省の外局ですよ。韓国は自国経済だけで飯が食えないから、映画やドラマを発信して外需を取りに行った。日本もそういう時代に来たんですよ。

 あと、ホテルも旅行会社も給料が安い。僕の合言葉は「年俸一億円稼げるシステムをつくろう」。もうかる産業にしないと、優秀な人が来ない。サッカーだと、大分にも在籍した清武(弘嗣選手)は年俸が九年で百倍近いですよ。だから、頑張れるんです。観光もそういう業界にならないと。それには、富裕層対策などで生産性を上げることですよ。

 −政府は、二〇年までに訪日外国人を年間四千万人に引き上げる目標を掲げています。

 十分に達成可能だと思います。伸びしろはある。アジアで四億人といわれる年収四百万円以上の世帯の人口が、二〇年には九億人になる。市場が大きくなり、お客が増える分、空港や宿泊の受け入れ環境、人材の確保、二次交通などを急がなければなりません。

 例えば、マナーや文化も違う外国人が来た時、観光業界に関係ない住民も「よく来てくれたね」と振る舞えるか。今まで外国人が少なかった地域では、ある種のアレルギーも出てきますよね。だからこそ、観光客に来てもらうことで、地域が元気になるんだと理解してもらうことが必要だと思います。

 北海道のニセコでは、中高生が看板を作っていて、住民全員が地域を魅力的にしようとしている。子どものあいさつが美しくて、感動しましたよ。観光の主役は住民です。その住民をどうやって巻き込むのか。その過程は、僕がJリーグでやっていたことと同じなんですよ。

◆あなたに伝えたい

 「北海道から沖縄まで各地域を魅力あるものにすることこそが、本当の日本の活性化ではないか」と。これや、と思ったんですよ。

 <みぞはた・ひろし> 京都府出身。1960年生まれ。東京大法学部卒業。85年に旧自治省(現総務省)に入省し、90年に大分県に出向。大分では、大分トリニータの運営会社のゼネラルマネジャー(GM)や社長も務めた。2008年にはチームをナビスコカップ優勝に導いたが、翌年に経営不振の責任を取って辞任した。10年から観光庁長官を2年間務め、中国人の観光ビザ要件緩和などを進めた。在任中に東日本大震災が発生すると、いち早く国内観光の「自粛の自粛」を訴え、海外でも復興情報を積極的に発信して訪日需要の回復を目指した。退任後は、内閣官房参与や大阪府特別顧問に就任。15年から大阪観光局の局長兼理事長として、再び観光振興に努めている。

◆インタビューを終えて

 多くの外国人観光客でにぎわう大阪。昨年はすし店が外国人客のすしにわさびを大量に入れていた問題が発覚した。急増する訪日外国人との摩擦の芽のように思えた。そんな懸念を取材で伝えたが、溝畑さんの「住民の理解が必要」との考えに共感した。

 旅先で地元の人との何げない交流が、その土地の印象を良くする。そんな経験は、誰しもあるのでは。政府が成長戦略として掲げる観光立国。派手な数値目標の陰で、国民の理解が置き去りにされてはいないか。地元の人がお客として観光客を迎えられる国こそ、観光立国のあるべき姿のように思う。

 (豊田直也)

 

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