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あの人に迫る

立岩陽一郎 元NHK記者

写真・横田信哉

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◆公開済み情報で 鋭い調査報道を

 調査報道が注目を集めている。「パナマ文書」の報道では、世界の記者が連携して取材を重ね、アイスランド首相の辞任にまで波及した。大阪市北区で認定NPO法人「iAsia(アイ・アジア)」と、公益財団法人「政治資金センター」を立ち上げた元NHK記者の立岩陽一郎さん(49)が目指すのは、市民による「調査報道」だ。

 −安定した収入をなげうっての新しい挑戦に驚きました。

 結婚したし、子どももいるけれど、自分のやりたい道をこれ以上先延ばしにできないと思いました。家族は理解しているのか…。話を始めたら大げんかかもしれません(笑)。

 辞めた理由で大きかったのは、東京の社会部で環境省の随意契約を調査報道したときのNHKの反応ですね。政策に大きなお金を使っている人たちはどうやっているのかという素朴な疑問があったんです。それで「環境省が一度の契約で百万円以上支出しているものについての、すべての資料」と情報公開請求しました。さすがに相手も驚いていました。そのときの大臣は小池百合子さん。環境省の取材もしながら、休みの日に資料をめくっていました。

 それで、九割以上が随意契約ということが分かりました。さらに細かい開示請求をすると、大半が生態系調査で、ほとんど何もしていないような調査に一億円とか、かけていました。随意契約って会計法上、原則だめなんですけど、みんな普通にやっていて元締の財務省も七割がそうだったんですよ。小泉政権は、随意契約を原則廃止しました。ただNHKにも飛び火して、実はNHKも九割くらい随意契約だった。大騒ぎになっちゃって、評価されないどころか迷惑がられました。こんなにやってもだめなら、辞めるしかないのかなと。結局、その後に配属された大阪が楽しかったんですけれど。

 −どうして調査報道に興味を持ったのですか。

 初任地は沖縄県で、警察を担当していました。「警察と付き合ってなんぼ」で、取材先に一番食い込んでいるかを競うわけじゃないですか。二十代って体力的には問題ないから、ほとんど警察と一緒にいるという感じですよ。

 だけどそのときに、琉球新報の記者が、沖縄の不動産会社が元沖縄県知事の後援団体へヤミ献金していたことをスクープしたんです。「調べろ」と言われたのですが、どうしたらいいのか全然分からなくて。

 ヤミ献金をした会社は、十二億円の脱税事件を起こして裁判中でした。後で琉球新報の記者に聞いたら、脱税を立証する証拠書面を見て、会社から後援団体への不自然なお金の流れを見つけた。元県知事の政治資金収支報告書にも献金を受け取ったことを書いていないことが分かった、ということでした。

 報道後に、那覇地検が後援団体を家宅捜索し、政治資金規正法違反の疑いで、元理事らが逮捕されました。こういう取材の仕方もあるんだと驚きました。今の素地ですね。

 −これまでの取材を見直すきっかけになったと。

 大阪の司法キャップだったときに、ある記者が誤報を出したんです。基本的には裁判を読み解くとか検察官を追い掛ける取材で、近隣県の記者が書いた司法関連の記事の取りまとめ役は私になるんですね。

 誤報の相手に訴えられて裁判になり、検察官を取材している記者に「どういう取材をしたの」と聞いたんです。(捜査関係者の自宅に行く)夜回りで取ってきた情報だったんですが、それだけでは取材として不足しています。

 その記者は、「他社はこんなに書いているぞ」ってみんなに言われるから一生懸命書くんです。「こうですかああですか」と聞いて「まあそんなもんかな」という言葉のやりとりだけで、特ダネだと言って書いちゃったわけですよ。こんなずさんな取材をしてはいけないし、させてもいけないと思いました。

 沖縄時代は、私も取材先に食い込んでいくことが自分の使命だというところがあったと思うんです。だから、偉そうなことを言える立場ではなくて、経験を積んでそうじゃないな、と考えるようになりました。

 −調査報道NPO「アイ・アジア」では何をやろうとしているのですか。

 ひとことで言えば、公開されている情報を有効に使って、誰でも調査できるようにしましょうということです。調査報道というかっこいい言葉を使うわけではなく、政治資金収支報告書や政府の予算書や決算書という誰もが見られる情報を使って。

 隠されているものをあばくというのは、調査報道の理想とされていますけど、隠されていなくても、なんとなく(メディアが報じずに)表に出てこない話は山のようにあるわけです。

 −NHKにいては、できないことですか。

 大手メディアだと、違法性の疑いがあり、捜査機関が捜査を始めたというのが、一番書きやすい。ただ単純に法的に整備されていない部分があるんです。じゃあ違法性に疑いがない限りは書けないのかと言ったら、そんなことはない。捜査機関が意図的に動かないことだってあるわけだから、懸念を理路整然と書くことに意味はあると思います。

 実際に政治資金規正法に違反しているケースを見つけるのは難しい。アイ・アジアでは、島尻安伊子前沖縄北方担当相の政治資金収支報告書への虚偽記載の疑いなどを報じています。

 −アイ・アジアに続いて、政治資金センターも立ち上げていますね。

 政治資金収支報告書をデータベース化して、安倍晋三さんなどの報告書をすぐ見られるようにしています。重要なのは、保存期間が三年と決まっている報告書をデータベース化することで、より長期のスパンで政治と金を見ることが可能になります。もう一つは、どの企業がどの政治家に寄付をしているのかを、企業名を入れると瞬時に検索できるようにしています。

 −他にも似たようなサイトで政治資金情報サイト「ラポール・ジャパン」があります。どう違いますか。

 うちは生データを公開しているところですね。ラポール・ジャパンは分析に力を入れていますが、逆に実態が見えなくなってしまうところがある。例えば、うちのサイトでは献金した人の個人名や自宅住所まで出てきます。政治に対してお金を出すことは、民主主義を支えるための手続きだから、隠す必要はないですよね。個人情報については議論があるでしょう。でも「この人がこの政治家を支えている」と公にしていいと思います。

 −アイ・アジアは、NPOとして既に四年たちましたが、お金はどうやって集めるのですか。

 寄付です。ホームページでも公開していますが、いまの活動資金は百万円で大口の寄付もまだ見つかっていません。お金を持っている人に、自分のやりたいことを丁寧に説明していくしかありませんね。ただ格差社会はお金持ちを生み出しますし、米国でもメディアが寄付の対象になったのはこの二十年です。日本でも徐々に理解を広げていきたいです。

◆あなたに伝えたい

 捜査機関が意図的に動かないことだってあるわけだから、懸念を理路整然と書くことに意味はある。

 <たていわ・よういちろう> 1967年、神奈川県生まれ。一橋大卒業後、91年にNHK入局。沖縄放送局、テヘラン支局、報道局社会部、大阪放送局、国際放送局などで勤務。2006年、調査報道で環境省の随意契約の実態を伝え、随意契約禁止のきっかけを作った。10年から1年間、米アメリカン大に留学し、調査報道ワークショップに在籍。調査報道を手掛ける認定NPO法人「iAsia(アイ・アジア)」と、ネット上で政治団体の収支報告書を公開する公益財団法人「政治資金センター」を設立。調査報道に取り組む。16年末にNHKを退職した後、アメリカン大の客員研究員としてトランプ大統領に揺れる米国を取材している。

◆インタビューを終えて

 新聞記事を書くための取材は、国や県、警察などの発表を基に書いたり、記者が独自に調べたり、さまざま。新聞社やテレビ局の間には、他社と差をつけるための激しい競争がある。

 立岩さんが「全国の警察担当の記者に言いたいんだよね」と強く訴えたのは、捜査情報を抜け駆けするだけで、よしとしてしまう取材姿勢に対して。事件の全体像や細部を知る上で必要だとしても、他社に先んじるだけに終わっては「意味ないよね」。ジャーナリズムのあり方も日々変化している。さまざまな情報を読み解き、自らの足で調査する報道を心がけたい。

 (相沢紀衣)

 

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