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あの人に迫る

深谷彰 国際中医師

写真・森純子

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◆五感をフル活用 人の全体を診る

 日本でもなじみが深い「漢方薬」。ルーツは古くから伝わる中国の医学(中医学)だが、それがどのような理論に基づくのか、基本概念まで正しく知っている人はそれほど多くはない。中国政府公認の国際中医師、深谷彰さん(61)は、若い頃から本場の中国で中医学を学び、現在は名古屋市内で漢方相談の店を切り盛りしながら、中国の大学で講義もする。中医学の普及に尽くす思いを聞いた。

 −もともと医学に興味があったのですか。

 大学では心理学や社会学を専攻しましたが、コンピューターが好きだったので卒業後はプログラミングの仕事に携わりました。激務の上に夜勤もあって、体を壊してしまいました。「会社にきりをつけて鍼灸(しんきゅう)でも学んだら」と、漢方薬局を営んでいた家内の父に勧められ、専門学校に通いだしました。

 ある日、学校帰りに立ち寄った中国書籍の専門店で、中医学の本を見つけました。その理路整然とした体系を目の当たりにし、大きな石で頭を殴られたようなショックを受けました。日本に伝わる漢方は「この病気にはこの処方」と薬の成分や処方理由がわかりにくく、丸暗記するしかないという状況でしたから。当時、翻訳された中医学の本は数冊でしたが原書は山ほど。以来、中国語の辞書を片手に読みあさりました。その数年後に中国へ研修に行く機会を得たのです。

 −中医学の本場ですね。どんな印象でしたか。

 一九八三年に北京中医学院(現・北京中医薬大学)に併設されている中医学専門の総合病院に行きました。日本と同じように内科、外科、耳鼻科、婦人科などに分かれていて廊下まで人があふれている。診察室のドアは開いたままで話が筒抜けでした。難しい中医学の専門用語が飛び交い、患者も基礎を心得ている。衝撃的な光景でした。

 また、老中医(熟練した中医師)の手書きの処方箋が書作品のように達筆で、額に入れて飾りたくなるほどでした。「中医学を勉強するならまずは心を清らかに。書道でも絵画でも音楽でもいいからやりなさい」と言われました。中医学は単なる医学ではなく、芸術や道徳をも含んだ文化そのものなのだと実感しました。今でも年に二回は研修に行きますが、街並みや雑踏を歩くと「帰ってきたな」としみじみと感じます。

 −中医学は西洋医学と違って病名に対し薬を処方するのではないのですね。

 まず体質を分析し、次に症状のある部位だけでなく原因を突き止めます。体を主に組成している五臓(肝(かん)・心(しん)・脾(ひ)・肺(はい)・腎(じん))、それらを活動させている気血水(きけつすい)、陰陽のバランスがどう崩れているかを見極めるわけです。

 気血水ですが「気」はエネルギーのようなものです。元気、やる気の気も同じですね。「血」は文字通り血液、「水(津液(しんえき))」は涙やリンパ液、唾液など栄養を含んだ透明のものです。この三つに余分なものがあれば取り除き、足らないものがあれば補わねばなりません。川をイメージするといいでしょう。川の水が少なくなると流れは遅くなり、いずれよどんで濁ってきます。濁りを省いてやり、雨が降れば清らかさと速さを取り戻します。

 −気血水のほかは、陰陽のバランスを診る、と。

 哲学的な話になりますが、陰陽説は、世に存在するすべてのものを陰と陽の性質に分けるという考え方です。太陽の陽に対して月は陰、夏は陽で冬が陰です。体も同じで手足や顔など体表にあるものは陽で、内臓は陰。対立しているように見えますが、男と女のように助け合うことも多い。

 例えばろうそくの火は陽で、ろうは陰です。ろう(陰)がなくなれば火(陽)は消えてしまいます。人の体も同じで命の火が消えないよう、しっかり陰を補うことが大切です。

 −具体的な診察法は。

 五感をフルに使います。立ち振る舞いや体格、顔色、舌を見るほか、声の調子やにおい、脈からもさまざまなことが分かります。主訴(最も困っている症状)だけでなく食事の好みや性格なども考慮します。特に脈を診るときは雑念をなくし、精神を落ち着かせねばなりません。また、何となく抱く違和感も意外に大事です。感性を研ぎ澄ませて、人間を感じること。

 −不妊症を専門にされています。

 不妊というと女性のイメージが強いですが、男性が原因の場合もあって半々です。また、不妊治療の技術も進んでいますが、なかなか妊娠できない方も数多くいらっしゃいます。

 中でも印象に残っているのは、体外受精のため三カ所の病院で五回採卵したものの、功を奏さないという四十代の女性です。ほとんどあきらめかけていたとき、卵子の質に影響するといわれているインスリン抵抗性を測ったら数値が悪かったので、漢方薬のほか、食生活の改善と適度な運動を助言しました。しばらくして来店され、「自然妊娠しました」と満面の笑みで報告を受けましたが、四十代は流産する可能性が高いので喜びすぎないようにして、妊娠を継続できるようサポートしました。

 また、初潮以来一度も月経がない二十代の女性は、とりあえず漢方のみで半年試し、だめだったら病院に行くことを約束してもらいました。小柄でやせ気味、気と血が不足していました。卵巣は五臓の「腎」に含まれるので、気血と腎を補う漢方を処方しました。一カ月後、基礎体温が高温期に入っていました。排卵したということです。結局、そのまま妊娠していました。偶然もあるとは思いますが、非常に効果が出た例です。

 −これまでたくさんの人を診て来られ、思うことがあれば教えてください。

 皆さん真面目で根を詰めやすいですね。体を冷やすのは良くないと聞くと、夏でもカイロをはって靴下を何枚もはいたり、体に良い食材を聞けばそればかり食べ、良くないと聞けば一切食べなかったり。月経が来るたびに極端に落ち込む。頑張り過ぎると気の流れが悪くなってしまいます。少しずぼらなくらいがいい。妊娠される方は苦労して魚を釣り上げたというより、空から突然降ってきたという感じが多いですね。

 −日本中医薬研究会副会長の視点で、日本医学の現状をどう捉えていますか。

 日本に伝わる漢方は、本流の中医学に対して支流です。支流さえ知らない西洋医学の医師や薬剤師でも漢方薬を扱えます。そのため体質に合わなくて調子が悪くなることもあり、「漢方でも副作用」というイメージがまん延する懸念があります。

 先に述べたように、中医学は検査の数値ではなく、人の全体を診ます。自然哲学と化学分析の融合から成り立った学問です。ジャンルは完全に文系。一方、西洋医学は理系で技術やエビデンス(科学的根拠)を重視し、局所を治療します。けれど、人間は機械じゃありません。本当は文系的な視野も必要なのではないかと思っています。

◆あなたに伝えたい

 原因を突き止めます。体を主に組成している五臓(肝(かん)・心(しん)・脾(ひ)・肺(はい)・腎(じん))、それらを活動させている気血水(きけつすい)、陰陽のバランスがどう崩れているかを見極めるわけです。

 <ふかや・あきら> 1955年、東京都生まれ。早稲田大第一文学部卒業後、入社した会社を1年で辞め、鍼灸(しんきゅう)師の専門学校に通う。専門性を高めるため、北京にある中医学専門の病院に通い、研修を続けてきた。2006年、名古屋市南区で薬種商販売業として漢方相談の店舗を開く。不妊症では、年間100人以上の相談に応じてきた。世界中医薬学会連合会の認定試験を経て、05年、中国国外の中医師の呼称「国際中医師」になった。11年、中国・湖北民族学院医学部客員教授になり、定期的に教壇に立つ。日本中医薬研究会副会長と学術委員長を兼務。同研究会は1987年に発足し、全国34地区に分かれ、勉強会や消費者講演会を行っている。

◆インタビューを終えて

 取材中に、高齢の男性が訪れた。「最近、目が見えにくくて」と困った様子。深谷さんは早速「ちょっと舌見せてね」と患部以外のあらゆるところを診始めた。便秘はしてないか、冷たい飲み物が好きか、夜はよく眠れるか−。たくさんの部分を知ることで、その人の全体像が浮かぶ過程がそこにあった。

 話が中国のことに移ると相好を崩し、目の輝きが増した。

 「本当に活気があってフレンドリー。電車内でもみんながみんな大きな声でしゃべっていて、にぎやかすぎるくらい」と屈託なく笑う。

 日中友好のキーワードを尋ねると「同じ人間だもんね」。深谷さんの真骨頂だなと思った。

 (森純子)

 

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