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【3・11の家族】

家族じゃなくても「川」の字で 【第4部】子どもたちは生きる(8)

2012年1月9日

大地君(左)と伊千香ちゃんを抱く平山めぐみさん。大地君にとって大事な「ママと妹」だ=岩手県山田町で

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 岩手県山田町の小学1年生、福士大地君(7つ)にとっては、父尚一さん=当時(33)=が再婚を誓った平山めぐみさん(28)が今も「ママ」だ。娘の伊千香(いちか)ちゃん(7つ)とも、一緒に過ごしていくのだと疑わない。

 仮設住宅に入居が決まって、大地君は祖父母と盛岡に家具を買いに行った。木製の2段ベッドを見て「どうしてもほしい」とねだった。

 「伊千香が泊まりに来た時は、俺は上、伊千香は下に寝かせて」

 祖母久美子さん(64)には、ほほ笑ましくも、切なかった。「伊千香ちゃんと、ずっといるつもりなんです」

 尚一さんが津波で亡くなる前から毎月行き来してのお泊まりは今も続いている。

 「ママんとこ行ってくる」。めぐみさんの家に行く時、大地君はうれしそうに久美子さんに言い残す。

 3人で食卓を囲み、伊千香ちゃんとも遊び疲れると、「ママ」を真ん中に川の字になる。4人でお出かけした時、よくしたしり取りを寝入るまで続ける。

 大地君の寝顔に「ママ」は尚一さんを重ねる。大きな顔に似合わぬ、おちょぼ口。ぺちゃんこの鼻を見て思う。「ハンコみたい。親子ってこんなにも似るんだな」

 以前は子ども2人が真ん中で、尚一さん、めぐみさんが挟んで寝た。今は1枚の布団を3人でかぶって寝る。それで足りてしまうのが、悲しい。

 めぐみさんは大地君が初めて「ママ」と呼んだ時、照れ笑いしたのを思い出す。自然に「ママ」と呼んでくれた時、うれしくて仕方なかった。

 「ママって、ずっと側(そば)にいる人。だめなものはだめってしかれる人」。めぐみさんの母親像だ。大地君の側にずっといられる「家族」にはなれなかった。津波は、4人が共有するはずだった時間を消し去った。

 震災から間もなく10カ月。めぐみさんが、心に決めることができたのは一つだけだ。「大地がまだママと呼んでいるうちは、大地のママでいよう」

 久美子さんも、もう少しだけ、めぐみさんに大地君の「ママ」でいてほしいと願う。でも、いずれめぐみさんに告げるつもりだ。「自分の幸せを逃がさないで」と。

 「親がいてくれたら」。大地君がそう悔やむ日が、恐らく来るだろう。その時は尚一さん、めぐみさんの話をしようと思っている。「大地を気にかけ、思ってくれた人がいるんだよ」

 祖父忠さん(66)は町の道場で剣道の指導を再開した。震災後やる気を失っていたが、健康を維持するために始めた。久美子さんと、よく話す。「せめて大地が成人するまで。高校を出るまで。私たちが元気でいなければ」

 忠さんが仮設住宅の柱に刻んだ大地君の背丈は、夏から3センチ伸びた。

 きょうも声が響く。

 「大地、遊ぼー」

 「あ、伊千香だ」

 「ママ」からクリスマスにプレゼントされたブーツを履き、大地君が飛び出した。白いサッカーボールを抱えて。

 「パパは遠くまで飛ばせたんだよ。こうやって」

 力いっぱい蹴り上げた。ボールが冬の青空に浮いた。

  =第4部終わり

 (取材班・星浩、鷲野史彦、勝間田秀樹、小笠原寛明、杉藤貴浩、内山田正夫、岩本旭人)

 

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