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中日春秋(朝刊コラム)

中日春秋

 「哀蚊」。そう書いて「あわれが」と読む。太宰治の短編小説「葉」の中に出てくる。「秋まで生き残されている蚊を哀蚊と言うのじゃ。蚊燻(かいぶ)しは焚(た)かぬもの。不憫(ふびん)の故にな」

▼そう聞けば、哀蚊の「哀」にほだされて九月の蚊を打つ手もためらい、見逃してやるかという気にもなる

▼蚊に刺されても、かゆみを感じなかったという物理学者の寺田寅彦は「蚊のいない夏は山葵(わさび)のつかない鯛の刺身のよう」で物足りぬと書いている。蚊ぎらいの身にはまったく同意できぬが、この夏がそうで、いつもの年に比べ、あまり蚊に刺されなかったという人や未明の不快な「ぷーん」の羽音を聞かなかったという人もいるのではないか。どうも猛暑と関係があるそうだ

▼専門家によると、蚊は暑くなりすぎると飛ばなくなり、寿命も短くなるようで、気温が三五度以上になると、人の血を吸う気さえややうせるらしい

▼気温が上がれば、ボウフラが成長する水たまりも干上がりやすい。種類にもよるが、蚊には猛暑がドラキュラのニンニクだった

▼異常な夏を乗り越えた哀蚊だが、不憫を感じる必要はないだろう。なんでも、初秋にメスの蚊は卵を何とか残そうと吸血欲求を高めるそうで、涼しくなった頃合いを見て、あの「ぷーん」とかゆみが戻ってくるかもしれぬ。夏の分を取り返したいか。ホモサピエンスの長年の宿敵も必死であろうて。

 

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