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中日春秋(朝刊コラム)

中日春秋

 先月二日に九十二歳で逝った土山秀夫さんにとって、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲ホ短調は、特別な曲だったという

▼一九四五年の七月末。土山さんは兄とともに、長崎の家でこの曲を聴いた。クラシック音楽を聴いていれば「敵性音楽を楽しむとは」と、とがめられた時代。兄弟は音が漏れぬよう蓄音機にふとんをかけ、かすかな旋律に聴き入った

▼兵営入りは、目前。「これが恐らく自分にとって最後のコンサート」と思いつつ聴くと涙がこぼれたそうだが、それは兄らとの「別れの曲」になってしまった。八月九日、土山さんは母を見舞うために、たまたま長崎を離れていた。しかし、兄とその家族は原爆によって命を奪われたのだ

▼戦後、医学の道に進んだ土山さんは核を廃絶するために力を尽くした。この世を去る前に「核兵器禁止条約」の誕生を目にすることはできたが、日本政府がその交渉にすら加わらなかったことに、どういう思いを抱いていただろうか

▼核の力を手放すことができず、今なお一万五千発もの核弾頭がある世界は、いつ「人類の最後」を迎えるかも分からぬ世界だ。例年、ノーベル平和賞授賞式の翌日には、受賞者をたたえるコンサートが開かれるが、今年は、メンデルスゾーンの協奏曲を奏でてはくれまいか

▼それが、私たちの「最後のコンサート」にならぬようにとの思いを込めて。

 

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