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中日春秋(朝刊コラム)

中日春秋

 黒沢明監督の『野良犬』では出番のシーンを、すべてカットされた。『七人の侍』では、あっさり斬り倒される名もなき野武士の役。そんな大部屋俳優に超特大の役が回ってきたのは、六十三年前の夏のことだった

▼その役は、身長五〇メートルの怪獣ゴジラ。誰も演じたことのない役を演じるにあたって二十五歳の中島春雄さんが足を運んだのは、上野動物園だったという

▼一週間ほど通い詰めて、ゾウの脚の運びを観察した。クマのえさの取り方にハゲタカの首の振り方、カンガルーの前脚の使い方…。動物たちから演技指導をみっちり受けたのだ(『怪獣人生』)

▼そうして臨んだゴジラ第一作の撮影現場で強く感じたのは、孤独だったそうだ。百キロもある分厚いゴムの着ぐるみに入れば、中は六〇度にもなる。周囲の音もよく聞こえず、どんなに苦しくなっても、自力では出られない

▼中島さんが着ぐるみの中で強烈な孤独や閉塞(へいそく)感と闘っていたからこそ、水爆実験で目を覚まされ、未知の人類と対峙(たいじ)したゴジラの哀(かな)しき憤怒(ふんぬ)があれほど、生々しく伝わってきたのかもしれぬ

▼「特撮の神様」と呼ばれた円谷(つぶらや)英二さんは、危険な撮影が終わるたび、中島さんを「春ちゃん、今回も死ななくてよかったね」とねぎらってくれたそうだ。おととい、八十八歳で逝った「ゴジラ俳優」を、本物の神様は何と言ってねぎらっているだろうか。

 

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