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社説

負の遺産が世界を覆う リーマン・ショック10年

 世界経済が底割れしてしまうかと緊張が走ったリーマン・ショックから十年。危機が残したものとは何か。格差、不平等、そしてポピュリズムの萌芽(ほうが)だ。

 いつ弾(はじ)けてもおかしくないといわれた米国の不動産バブル。危ない住宅ローンを証券化して売りまくる錬金術。それらが暴発し、グローバル化した世界に波及したのがリーマン・ショックの実相だ。

 米国の名門投資銀行の破綻劇は「百年に一度の未曽有の危機」として経済史に記録されるべきものである。だが、それは金融の世界を切り口にした一断面にすぎない。視座を高くすれば、二つの大きなうねりがみえてくる。

エリートらへの怒り

 一つは、リーマン・ショックの「負の遺産」がポピュリズム(大衆迎合主義)の広がりにつながっていったことだ。トランプ現象やブレグジット(英国のEU離脱)への系譜である。

 金融危機により、破綻した銀行や解任された銀行幹部も出たが、多くは公的資金、つまり国民の税金によって事実上救済された。

 この米当局の処理策は、日本の不良債権処理に学んだものだ。公的資金による金融機関への資本注入、すなわち銀行救済に対しては日本で噴出したのと同じ批判が起きた。さらに銀行経営者が法外な報酬を受け取っていたため、その分、大衆の怒りは増幅した。

 トランプ大統領の選挙参謀を務めたスティーブン・バノン氏は、政界入りの発端について明かしたことがある。それはリーマン・ショックで「銀行は救済されたのに、住宅ローンを抱えた庶民は救済されなかった」ことへの素朴な怒りだったという。

 富が集中する1%の金持ちに対し、「我々は99%だ」を合言葉とする「ウォール街を占拠せよ」運動が起こるのは危機から三年後の二〇一一年。だが金融業への批判はすでに醸成していたのである。

金融からIT全盛へ

 二つ目の大きなうねりとは、米国で長らく続いた金融業支配の産業構造が転換を迎えたことだ。

 二十世紀を代表する経済学者シュンペーターは「不況時に悪い企業が消える。不況があるから経済は強くなる」と既存の秩序が破壊された後には新しい勢力が伸びる環境が整うことを説いた。リーマン・ショックはまさに、それを体現した。

 米国は一九八〇年代以降、製造業が日本やドイツに押されだすと、金融業を主要産業に据えた。先端の金融工学を駆使するなど米国の戦略は狙い通りに機能した。

 それが金融危機を契機として、産業の主役は金融業からITへと入れ替わった。グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字を並べた「GAFA(ガーファ)」は、すでに世界を席巻するまでになった。

 対照的に日本は産業の入れ替えも、シュンペーターの説いた「創造的破壊」も起きていない。自動車と半導体関連が依然として主要産業として踏ん張る。新陳代謝が少なく成長産業も育っていない。

 ここで注視すべきは、米国の産業転換がポピュリズムを伸長させたことだ。すなわち「繁栄から取り残された人々」の増大である。

 IT産業が米西海岸を中心に繁栄する一方、鉄鋼や自動車産業が集中した米中西部ラストベルト(錆(さ)びついた地帯)では白人ブルーカラー層の疎外感や不満が高まったのである。それがトランプ大統領の誕生を後押ししたことは、今さら言うまでもない。

 ポピュリズムと一口にいうが、形態はさまざまである。大別すれば(1)グローバル化が雇用や所得を奪ったとして糾弾する反グローバリズム(2)移民や難民を排除する反移民・排外主義(3)格差拡大や不平等の放置に向ける反エリート・反既成政治などだ。

 リーマン・ショック後は主に(3)で先進国の経済が停滞する中、格差拡大がより進んだ。富裕層へ富が集中するだけでなく、低所得層は一段と困窮し、中間層から低所得層へ転落する人が増えた。

 問題は、こうした中間層以下の不安、不満に対し、政府やエリート層があまりに鈍感だったことである。バノン氏らトランプ陣営が「取り残された人々」の声に耳を傾けたのと対照的だったのだ。

最大のリスク要因は

 だが歴史は皮肉なものだ。現在の世界経済にとって、このトランプ大統領が目下の最大のリスク要因になっているからだ。自国第一主義を掲げ、国際的な協調には一貫して背を向ける。

 リーマン・ショックの危機が克服できたのは、たとえば先進国に新興国を加えたG20体制の発足であり、日米欧の大規模な金融緩和や中国の巨額の財政出動だった。

 国際協調なしには困難だったのだ。危機は必ず繰り返すが、今の政治状況は危うすぎるのである。

 

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