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社説

震災とアート 反目より対話の起点に

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 原発事故に想を得た現代美術家ヤノベケンジ氏の作品が福島市で設置されたところ「風評被害を増幅する」などと批判され、撤去されることになった。豊かな表現と議論の芽を摘む懸念はないか。

 作品は、同市の教育施設で八月に設置された「サン・チャイルド」=写真。高さが約六・二メートル、防護服のような服を着てたくましく立つ子どもの像で、胸には「000」と表示された放射線の線量計がある。

 原子力災害のない世界を象徴的に表しているといい、これまで福島空港や愛知県の芸術祭などでの展示は好評だった。

 だが今回は「線量計がゼロなのは非科学的」「福島は防護服が必要という印象を与える」などと批判を浴び、市は撤去を決めた。

 被災地に生きる人々の感情は複雑だ。たとえそれに思いをはせ、寄り添おうとする創作でも、無条件に歓迎されるわけではない。制作する側は十分な配慮が必要だ。

 しかし、作品に異論があるからといって「撤去を」と性急に叫ぶことには疑念が残る。

 アートや文芸は、対象としたできごとを長く伝え、広く訴える力を持つ。たとえば一九二三年九月の関東大震災の折、文豪・志賀直哉らは朝鮮人虐殺などの蛮行を生々しく記録した。それは、現代の私たちにとっても「非常時にはこうした事態が起こりうる」と自戒するための教訓であり続ける。

 また「震災や被災者をテーマにすると面倒だ」という風潮が広がっては、災害の教訓や被災者の無念を風化させず後世へと伝える上で、逆効果ではないか。その点、撤去が決まったとはいえ、福島市の木幡浩市長が当初、批判に対し「サン・チャイルド」の制作と設置の真意を丁寧に説いたのは、意義深い対応だったといえよう。

 美術も文芸も、創作の営みはなべて自由な思念や感情の表れだ。社会の規範や科学の知識のしもべではなく、逆に常識や先入観を疑い、揺さぶり、社会に問題を提起する意味合いも大きい。

 心ある表現者による創作とそれに対する意見が、反目や排除に向かうのではなく、互いの主張を認めつつ社会をより豊かにしていく対話の起点となるよう、議論を深めたい。

 

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