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社説

日本の平和主義 9条の精神を壊すな

 憲法記念日に、安倍首相が自民党総裁としてとことわりつつも、九条改正を唱えたのを聞き、皆さんはどう思われただろう。

 自衛隊の存在を書き込むだけなら認めていいと思われたか、それとも不安を覚えられたか。

 私たち論説室は今年の元日前後に「日本の平和主義」と題した連載型の社説を掲げた。安保法が成立し次にはどんな形であれ、改憲の動きが出てくる。そうなれば焦点は九条、日本の平和主義が危うくなると考えたからだ。

 連載の初回(十二月三十日)は、ずばり「憲法改正が来年の大テーマとなるでしょう」と書き出して、憲法の理想と現実の間には隔たりがあるが、現実を理想へと近づけることこそが正義の姿であると述べた。だから九条の平和主義を高く掲げよ、と。

 私たちのその姿勢は今ももちろん変わらない。

 連載は被爆国日本の役割、不戦の国の誇り、自衛隊らしい「人助け」、「非戦」は国家戦略であると続けた。

 訴えたかったのは、戦後七十年余の長きにわたり戦争をせず今日に至ることのできたのは、それが国民多数の願いであり、願いの象徴的文言が九条であるということだ。政治に知恵を絞らせもした。

 自衛隊はたしかに憲法の字句外にある。

 戦力不保持をいう憲法下で発足し、国連PKО(平和維持活動)の名の下に今は外国へも行く。

 しかしそれでも九条を侵しはしない。

 守るべきは専守防衛。他国の侵害はしない。

 首相は九条の一、二項、すなわち戦争放棄と戦力不保持を維持したうえで、自衛隊を認める明文を加えたいという。巧みな言い方である。

 しかし、そもそも歴代の政府も多くの国民もその存在を認めてきた自衛隊を、急いで書き込む理由は何なのか。

 しかも今の自衛隊は安保法により違憲濃厚な集団的自衛権を付与されている。展開次第では九条が歪(ゆが)められ、日本の平和主義は変質してしまうかもしれない。

 父や母、祖父や祖母、戦争体験者たちが命がけで守ってきた戦後日本の思いが霧消してしまう。

 キナ臭い現実をまだ見えぬ理想に近づけよう。現実の追認は未来への否認である。人類の正義は理想へ向かう行動にある。九条の精神を壊してはなるまい。

 

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