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編集局デスク

『一九八四年』

 戦後の代表的な思想家で平和運動に貢献した故鶴見俊輔さんは戦時、ジャカルタ海軍武官府で「新聞」をつくりました。大本営発表に頼って戦争はできないと、敵の短波放送の情報をまとめた「新聞」です。

 英国BBCのインド向け放送も傍受し、中に聞く者を引きつける番組があったそうです。担当していたのは作家ジョージ・オーウェル。鶴見さんは戦後知りました。

 オーウェルの傑作に『一九八四年』があります。事実を操作し、黒を白と思い込ませる。実体も不明な「敵」への憎悪で国民を統制する。そんな社会を描いた小説が今、世界で注目を集めています。

 トランプ大統領就任式はオバマ氏の時よりも人出が大幅に少なかったのに、高官は「過去最高」と主張しました。トランプ氏は批判的な記者を「偽ニュース」と非難し、日本の自動車市場を根拠もなく「不公平」と言い募り、一部の国の人や難民の入国を拒む。黒を白と言いくるめる姿は、なるほど小説を連想させます。

 『一九八四年』の主人公は全体主義で奪われていく人間性に思いを巡らせます。「重要なのは個人と個人の関係であり、無力さを示す仕草(しぐさ)、抱擁、涙、死にゆくものにかけることばといったものが、それ自体で価値を持っていた」のではないかと(早川書房新訳版)。

 <『一九八四年』に描かれたような国家主義の統制に対して、戦い続けるもうひとつの力として、オーウェルは普通の人のもっている仲間への愛をおいた>。冒頭の鶴見さんは共感をこめ、自著で作家をそう評しました。

 「敵」をつくりだそうとする大統領に、異議を唱える普通の人の姿が多数伝えられます。それは世界が、小説の社会に近づかないための大事な力なのでしょう。

(名古屋本社編集局長・臼田信行)

 

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