一カ月後に迫った名古屋ウィメンズマラソンに関する記事が紙面に載るようになってきました。
他人から強制されれば、苦役でしかない四二・一九五キロ。女性には過酷すぎるという見方もあり、オリンピックに女子マラソンが採用されたのは一九八四年のロサンゼルス大会でした。
ところが歴史をたどってみると、第一回大会(一八九六年)の時に、既に女性は走っていました。高橋進氏の『輝け!女子マラソン』(碩文社)によれば、男子選手がスタートした後、一人の少女がコースに飛び出し、ゴールまで走りきってしまいました。
その後も、男子の大会に主催者の許可なく紛れ込んだり、飛び入りしたりする女性ランナーが次々と現れて、記録をどんどん伸ばしていったのです。
「女性が最も望むものは何か」。アーサー王物語の中に、こんなテーマの一編があります。一年近くさまよったアーサー王がたどり着いた答えは「自分の意志を持つこと」でした。
競技に勝つ、目標タイムを切る、完走する。目的は何であれ、一万五千人の女性が自分の意志でウィメンズマラソンのスタートラインに立ちます。想像するだけでも希望を感じます。
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