小中学校の元教員に聞いて驚いたことがある。親子の絆(きずな)を強めようと、学校で弁当を持ち寄って食事会を開いた。そこでビールを飲む親がいたという。
「学校は聖域だから控えていただきたい」と求めたが、「なぜいけないのか」と抵抗、反発したそうだ。運動会でもパラソルを立ててビールを飲む親がいるという。こういう人を説得するのは意外と難しい。常識が通用しないからだ。
学校行事や大勢の子どもたちの前でお酒を飲まないのは大人として当然の嗜(たしな)みではないか。「今では“親の教育”が必要だ」と元教員は嘆いた。
もう一つ気になることがある。文化庁の二〇〇八年度国語世論調査の結果だ。「互いの考えを言葉に表して伝え合うこと」を重視する人が減り、「互いに察し合って心を通わせること」を大切に思う人が増えた。
意思疎通は「言葉より気持ちで」だろう。以心伝心ともいう。だが、「察し合い」重視が言語力の衰退につながっては大変だ。
調査からも国語力低下の傾向がほの見える。「破天荒=誰も成し得なかったことをすること」「時を分かたず=いつも」の意味を正しく理解している人はともに二割に満たなかった。
日本語ブームという。「自分は日本語を大切にしている」と思う人が76%を占める。しかし、言霊の幸多き国に住んでいながら私たちは意外と言葉に無関心ではないか。別の調査では家庭の父親は平均して子どもと一日に数分しか会話していないそうだ。それでは互いに察しようもない。
問答は有用だ。今の政治家に欠けているのは物事を大きくつかみ、豊かで的確な言葉を使って説得する力である。
もちろん、人間関係には言葉を超えたところもあるのも否めない。学校でビールのお父さんにうまく諫(いさ)める人がいなかったか。
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