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「懐深い大政治家」党派超え悼む声 倉知元県議死去

自民党県連会長時代の倉知さん(右)=2004年7月、名古屋市で

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 県議会議長や自民党県連会長などを務めた県政界の重鎮、倉知俊彦さん(87)=豊田市保見町=が二日、亡くなった。政界関係者らからは、産業活性化や防災対策など県内の発展に尽くした功績をしのび「懐の深い大政治家を失った」「喪失感でいっぱいだ」と悼む声が上がった。

 関係者によると、倉知さんは今年に入り体調を崩し、入院がちになった。周囲には体調についてほとんど話すことなく気丈に振る舞っていたが、胆管がんが進行し、県がんセンター中央病院(名古屋市)で最期を迎えた。

 一九三一(昭和六)年豊田市生まれ。高校卒業後、県職員や建設会社員を経て七一年に初当選して以来、十一期四十四年にわたって県議を務めた。

 議長時代の八八年には著書「地方政治に生きる」を出版。その中で、愛知が世界の産業技術の中枢になることや、リニア中央新幹線などの交通網整備など先見性を示す政策を掲げ「議会はチェック機関にとどまらず、有権者の声をくみ上げ、行政に反映させていく仕事こそ大切だ」と訴えた。

 二〇一五年の県議選に出馬せず引退。地盤を引き継いだ鈴木雅博県議は「『真心を持って接するように』と常に教えられた。豪雨災害で被害に遭った地域などでは、倉知さんの対応で復興が早まったと今でも感謝する人が多い」と話す。

 自民党県連の要職も歴任した。衆院選大敗を受けて当時の県連会長が引責辞任した〇三年十二月。次期会長を巡って国会議員と県議らが対立を深める中、混乱収拾のため、県議では初の会長に選出された。会長以外の要職に国会議員を起用する融和姿勢で党内をまとめた手腕を、県連関係者は「表に出ることは少なかったが、高い調整力によって、県政界を裏から支えてきた」と評する。

 現県連会長の藤川政人参院議員は「勇退後も相談役として後進にご指導いただいた。突然の訃報に喪失感でいっぱいだ」と心境を明かした。

 自民以外にも幅広く信望を集めた。新政あいち代表の塚本久県議は「アドバイスをいただき、父のような方だった。党派を超えて人望のある方で、大変惜しい」と悔やんだ。同じ豊田市選出の公明党の小島丈幸県議も「懐深く、バランス感覚のある政治家だった。郷土のために人一倍汗をかく姿に背筋の伸びる思いがした」と振り返る。

 大村秀章知事は衆院議員時代の〇五年に倉知さんから県連会長を引き継いだ縁がある。四日の定例会見で「(一三年に亡くなった)寺西学元県議とともに県政界をリードしていただいた巨頭。つい最近までお元気で、ちょくちょく顔を出していただいていたのに、大変残念でならない。心からご冥福をお祈りしたい」と述べた。

 (中尾吟、中崎裕、安藤孝憲)

 

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