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本證寺から火縄銃弾丸、発見 安城市教委発表

小林名誉会長(上)に現場を説明する植田学芸員=安城市寺領町の発掘現場で

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 安城市教委は二十日、徳川家康に蜂起した三河一向一揆(一五六三〜六四年)の拠点の一つ安城市野寺町の本證(しょう)寺境内の発掘調査で、新たな外堀を発見し、火縄銃の弾丸も出土したと発表した。寺は「城郭寺院」として二重の堀と土塁を持つ。富強を誇っていた本願寺勢は鉄砲の知識が高かったとされ、この一揆で火縄銃が使われた可能性を探る貴重な史料になりそうだ。

 寺は鎌倉時代に創建された浄土真宗の名刹(めいさつ)。新たな堀はこれまで推定されていた外堀の「東の出入り口」から十メートルほど外側で見つかった。南から北へ蛇行した幅五メートル、長さ十五メートル、深さ一・一〜一・三メートル。

 これまで発掘された外堀はV字形に掘られ、深さが三〜四メートル。これに対し今回の蛇行した外堀は深さが半分ほどで底部分も平ら。

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 市教委文化財係の学芸員植田美郷さん(36)は「攻撃のために張り出した『横矢掛かり』の可能性もある。専門家の助言を得ながら検証したい」と話す。横矢掛かりは、侵入する敵に対して側面から攻撃するための石垣や土塁のこと。

 見つかった弾丸(直径約十三ミリ、重量八・四グラム)は鉛製。土など軟らかい物にぶつかりへこんだ跡がある。併せて、一五六〇年代のすり鉢なども発掘され、堀と弾丸は同年代の物とみられるという。

 火縄銃の弾丸は、織田信長が三千丁の火縄銃を使ったとされる「長篠の戦い」(一五七五年)があった設楽原(新城市)でこれまでに十八弾が見つかっているほかは、県内でも数カ所でしか出土していない。

 発掘調査は、遺跡の範囲を確認するために十月下旬に始まった。調査対象は寺の東側(寺領町)約千六百三十五平方メートル。

 今月二十三日午後一時から現地説明会を開く。駐車場は本證寺本堂前を利用。(問)市教委文化振興課=0566(77)4477

◆弾丸、一向一揆で使用か

 <『長篠・設楽原の戦い 鉄砲玉の謎を解く』の著書もある元新城市教育長で「設楽原をまもる会」の小林芳春名誉会長(85)の話> 三河一向一揆で火縄銃が使われたという記録は現在のところないが、本願寺勢は鉄砲や火薬に詳しかったとされる。今回見つかった弾丸は、火縄銃が三河一向一揆でも使われた可能性を示す貴重な史料となりそうだ。弾丸がこのほかにもまだ見つかる可能性があり、発掘調査では慎重に探してほしい。

 (四方さつき)

 

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