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廃線50年、田口線忘れないで 9月に設楽でイベント

記念イベントに取り組んできた(左から)石井さん、小川さん、永田さん=設楽町田口の奥三河総合センターで

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 豊橋鉄道田口線の廃線五十年を記念したイベントが、九月一、二の両日、設楽町で開かれる。忘れ去られた鉄道に光を当てようと、町内の三人の若者が準備を進めてきた。「地域を支えた貴重な産業遺産。風化しつつある記憶を将来に伝えたい」。そんな思いを込めた手づくりの企画だ。

 三人は、町立奥三河郷土館の学芸員石井峻人(たかひと)さんと建築設計士永田祥知(よしとも)さん、農林業小川晃徳さん。任意団体「田口線50の会」をつくり、一年前から企画を練ってきた。

 いずれも三十四歳。田口線には乗ったことも、走行風景を見たこともないが「こんな山奥に、かつて電車が走っていた。想像するだけでロマンをかき立てられる」と、会の代表を務める石井さんは話す。

 かつての線路跡には「廃線50年」と書かれたのぼり旗が立っている。一本千五百円でオーナーを募り、沿線に掲げてきた。「田口線の思い出」の作文公募には全国から約百編が寄せられ、記念グッズの廃線マップやコースターに作文を盛り込んだ。現役時代の田口線や今の廃線跡を収めた記録映像も作った。

「廃線50年」ののぼり旗が立つ田口線三河田口駅の駅舎跡=設楽町田口で

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 イベントの費用の大半は、インターネットによるクラウドファンディングで賄っている。今月二十四日で応募を締め切り、目標を超える金額が集まった。「不安で仕方なかったんですが…。ありがたいです」。小川さんは笑顔を見せる。

 一、二日のイベント会場は、設楽ダム建設で水没する三河田口駅跡から第一トンネルまでの約二百メートルに設定。永田さんは「準備を通し、田口線が果たした役割の大きさを学んだ。記憶を次世代に引き継ぐことができれば」と語った。

 当日は町役場の職員や国交省設楽ダム建設事務所、中部大学鉄道研究会、田口高校ボランティア部も参加し、イベントを支援する。設楽町の横山光明町長は「三人の努力のおかげで田口線に注目が集まりつつある。今後は町も、廃線跡の観光資源化に取り組んでいきたい」と賛辞を贈った。

 イベントの詳細はフェイスブック「田口線廃線50年を盛り上げるプロジェクト」で紹介中。問い合わせは町観光協会=0536(62)1000=か、石井さん=090(7273)5821=へ。

 (鈴木泰彦)

◆記念イベント

 ▽1日 後4〜6。三河田口駅跡に駅名板のレプリカを立て、駅舎とホームの遺構を土で埋める「さよならセレモニー」。この後、約100メートル離れた第1トンネル内で田口線をテーマにした映像を上映。後3までに設楽町役場駐車場に集合し、徒歩で現地へ向かう。参加費1000円。

 ▽2日 正午〜後3。第1トンネル内でのミニ電車試乗会(小学生以下200円、中学生以上500円)。廃線跡や建設が進む設楽ダムのガイドツアーも。軽トラ市もあり、田口線弁当やジビエ料理、記念グッズなどを販売。後1までに設楽町清崎の愛知森林管理事務所清崎貯木場に集合し、線路跡を約3.5キロ歩いて現地に向かう。歩行困難な人には町がシャトルバスを用意する。試乗会以外は参加無料。

 <田口線> 三河田口駅と国鉄(現JR)飯田線本長篠駅を結んだ22・6キロの単線電気鉄道。地元資本の田口鉄道により1932年に開通。56年、田口鉄道は豊橋鉄道と合併し、豊鉄田口線となった。65年、台風被害により三河田口−清崎間の運転を休止。68年8月31日、全線が廃止された。

 

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