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<どうなる八丁味噌> (下)文化の継承

100年近く味噌の仕込みに使われ、解体された桶の前に立つ野田好成さん。桶は都内の居酒屋に置かれる=豊田市の桝塚味噌で

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 「地元では当たり前でも、東京では愛知の味噌(みそ)文化は全然知られていない」

 「桝塚(ますづか)味噌」のブランドで知られる野田味噌商店(豊田市桝塚西町)の四代目、野田好成さん(34)は四年前、店の味噌を使った料理を出す居酒屋を都内で開店した際に、こんな危機感を抱いた。今は味噌造り教室を開くなど、味噌文化の普及に努める。

 野田味噌商店は一九二八(昭和三)年の創業。同社によると、三河地方を中心に、大豆の栽培農家などから委託を受け「八丁味噌」として仕込みを代行してきた。木桶(おけ)に大豆を仕込み、石を積んで十八〜二十四カ月間天然で熟成させる伝統的な製法をかたくなに守る。一方で、県内の味噌業者でつくる「県味噌溜醤油(しょうゆ)工業協同組合」(県組合)にも加盟する。

 伝統的産物の名称を保護する地理的表示(GI)制度を巡り、県組合が「八丁味噌」の登録を認められる一方、発祥地の岡崎市の二社でつくる「八丁味噌協同組合」(八丁組合)が登録に漏れる事態が明らかになってから半年余り。双方の主張はいまだに平行線をたどる。

 「製法の異なる味噌を『八丁味噌』として国が認めれば、これまで培ってきたブランド価値が損なわれる」。岡崎市の大学学長らでつくり、県組合のGI登録見直しを求める署名活動を展開する「岡崎の伝統を未来につなぐ会」は、地元の八丁組合の思いを代弁する。

 その八丁組合に対し国は、県組合の枠組みに加わるよう要望している。県組合専務理事の富田茂夫さんも「岡崎が発祥地であることは誰もが認めているし、二社には登録に加わってほしい。生産量を増やし、海外にも八丁味噌を知ってもらってこそ、本来のGIの目的にかなうのではないか」と主張する。

 双方の立場を知る野田味噌商店三代目の清衛さん(61)はどう見るのか。「企業としての製法のこだわりはもちろんあるが、狭い地域内でいがみ合っていても仕方ない。それよりは県全体で協力して、味噌文化を広く発信したい」

 好成さんは七月上旬、同店の豊田市の味噌蔵で百年近く仕込みに使われた木桶を解体した。木桶は今秋以降、好成さんの居酒屋の入り口に設置され、訪問客を迎える。「今回のGIをマイナスには全く捉えていない。昔からの製法の価値を伝える努力をすれば、認めてくれる消費者はいると信じている」

 (この企画は、森田真奈子が担当しました)

 <味噌業界の状況> 全国味噌工業協同組合連合会の統計によると、味噌の出荷量は1980年代をピークに減少傾向にあり、2017年の出荷量は約41万トン。そのうち豆味噌は1万9000トンほど。大豆と塩、水のみを原料とする八丁味噌に関して、八丁組合は1000トン、県組合は600〜700トンを生産実績があるとしている。同連合会によると、味噌全体の輸出量は増加傾向で、17年は1万6000トンほど。

 

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