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<どうなる八丁味噌> (上)対立の背景

岡崎市の老舗で、伝統的な石積み製法に基づき八丁味噌造りに取り組む職人ら=岡崎市八帖町で

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 岡崎発祥の「八丁味噌(みそ)」の名前を、お膝元の老舗が海外で名乗れない−。そんな事態が判明してから半年が経過した。地域に根差した産物の名前を守る国の地理的表示(GI)保護制度を巡り、県全域の業者でつくる組合が「八丁味噌」のGI登録を認められたのに対して、反発する岡崎の二社が登録から漏れたままになっている。問題の根はどこにあるのか、制度に問題はないのか、解決への道筋は−。三回にわたり考える。

 直接の発端は三年前にさかのぼる。二〇一五年六月、岡崎市の「まるや」「カクキュー」の二社でつくる「八丁味噌協同組合」(八丁組合)と、県内四十三社の味噌業者などで構成する「県味噌溜醤油(しょうゆ)工業協同組合」(県組合)が、別々にGI登録を農林水産省に申請した。

 八丁味噌とは、発祥地の岡崎市八帖町で造られたものに限定されるのか、それとも、より広い範囲で認められるのか−。両者がたもとを分かつ背景には、根本的な問いが横たわる。

 「八丁味噌の名称を巡る論争は百年戦争と言われるんです」。県組合専務理事の富田茂夫さんは問題の根深さに苦悩をのぞかせる。

 両者の摩擦は今に始まったことではない。地域名を含む特産品の名前をブランドとして認める「地域団体商標」制度が〇六年に始まると、やはり県組合と、〇五年に設立された八丁組合が別々に申請。特許庁は、一方に独占的な権利は与えられないなどの理由で双方とも認めなかった。

 岡崎の二社は「八丁組合」を新設した頃、県組合にも所属していた。当時のいきさつを知る県組合の関係者は「事前の相談もなく、新しい組合をつくられた」と不信感を漏らす。その後、両者の対立が深まり、二社は〇九年に県組合から離脱して現在に至るという。

 今回のGI登録で対立が再燃した形の両者だが、申請の中身にも八丁味噌に対する認識の差が浮かぶ。八丁組合は、生産地を名前の由来でもある岡崎市八帖町に限定。熟成期間は伝統的な「二夏二冬」とし、醸造桶(おけ)も木製とした。

 これに対し県組合は、主に加工業者向けの卸売りで年間六百〜七百トンの出荷実績があると主張。生産地域は県全域としている。熟成は一夏以上とし、桶の材質指定はない。

 農水省は「八丁味噌は加工品や料理などの形で県全体で売られている」と県組合寄りの認識を示した。八丁組合には「生産地を県に広げてほしい」とたびたび要請したが、八丁組合は「県組合の製品は製法が異なり、八丁味噌とはいえない」などと応じなかった。

 八丁組合は一七年六月に申請を取り下げた。GIのガイドラインには、地域内の合意が登録の前提となるという記述があり「申請を取り下げれば県組合の申請も認められないと思った」(理事長の早川久右衛門さん)との狙いがあった。

 しかし、農水省は一七年十二月「県組合の製法も同一範囲と判断した」などとして県組合の申請を認めることを決定。思惑が外れた形の八丁組合は、県組合と一緒の登録を促す農水省の提案を受け入れず、今年三月に同省に不服審査を申し立てた。

 早川さんは「品質も製法もあまりに異なる組合と一緒になることはできない。農水省は伝統的な製法や食文化を守ることに真剣になってほしい」と話す。

 (この企画は森田真奈子が担当します)

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