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一宮の銭湯「殿町浴場」30日閉店 63年の歴史に幕

番台から入浴客を見送る康子さん(奥)と修さん(左)=一宮市殿町1で

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 一宮市殿町一の銭湯「殿町浴場」が三十日、営業を終え、六十三年の歴史に幕を下ろす。家に帰っても湯冷めしない熱めのお湯と、社交の場を求めて足しげく通う常連も多いが、設備が老朽化し、後継ぎもいないため二代目の溝口修さん(70)が廃業を決めた。市民の心と体を温め続けてきた地域の銭湯がまた一つ、姿を消す。

 殿町浴場は一九五五(昭和三十)年、近くで燃料店を営んでいた修さんの父敬一さんと母節子さん=ともに故人=が開業し、二十年前に修さんが継いだ。

 五つの浴槽に浅めと深めの白湯、入浴剤入り、電気風呂、打たせ風呂がある。四三度の熱めの湯が自慢で「家に帰ってもずっとぽかぽか」と人気を集めてきた。

 裁判所や高校も近い市中心部の住宅街にあり、家風呂が普及した今も家族連れや高齢者が多く利用。冬場は多い日で一日約百二十人が訪れ、土・日曜日には開店前から二十人ほどが列をなすことも。市内の幼稚園が年一回、社会性を身に付けるために「体験入浴」にも訪れるという。

 修さんと妻康子さん(68)が交代で番台を担当。「お休みなさい」「気をつけてね」と帰る客には必ず声を掛ける。ひょうたん、能面、水墨画、富士山の写真、メダカ…。待合室は常連からの贈り物であふれる。

 廃業を考えたのは、一昨年暮れ。火をたく釜に穴が開いた。昨年末には浴場の天井の一部が営業中に破損。経営状況は決して悪くないが、高額な修繕費がかかるほか、後継者もいないことから夫婦で廃業を決断した。

 午後十時の閉店後は毎日二時間半かけ、修さんがデッキブラシで床を磨き、康子さんがたわしで壁の隅を洗う。「体力的にも厳しくなってきた」という。

30日で閉店する殿町浴場=一宮市殿町1で

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 康子さんが忘れられない光景がある。昨年一月、長風呂をした七十代の女性が脱衣所で倒れ、意識を失った。近くの客がすぐに康子さんに伝え、周囲にも介抱を呼び掛けると、皆で手分けして冷たいタオルを頭にあてたり脈を取り合ったり。女性は搬送先の病院で一日入院しただけで、無事だった。「お客さん同士が仲が良いからこそ。本当にありがたい」と感謝する。

 両親と三人で四十年前から通う一宮市大和町の高校教諭、広山幸造さん(56)は「ショック。溝口さん夫婦の人柄がすばらしく、銭湯仲間もたくさんできたのに」と惜しむ。

 待合室の飾り物や「男」「女」ののれんなどは利用客が「思い出に欲しい」とほとんど“予約済み”という。

 修さんは「良いお客さんに恵まれ幸せ。(最終日は)特別なことはせず、普段通りに終えます」と話した。

 営業は午後四〜十時。水曜定休。(問)0586(73)6384

◆県内の銭湯、減少の一途

 一宮市内の銭湯は一九七六(昭和五十一)年には十九軒あったが、今年一月十一日現在では殿町浴場を含めて七軒が残るのみだ。県内の銭湯業者でつくる県公衆浴場組合(名古屋市中区)によると、県内の銭湯の軒数は六四年の八百十六軒をピークに減少し続け、昨年十二月現在でわずか九十七軒となった。

 組合の鈴木聡事務長(60)によると、家風呂の普及のほか、大規模なスーパー銭湯の増加や、介護保険のデイサービスを使い、施設で入浴する高齢者が増え、利用客が減っていることなどが要因という。

 また、殿町浴場のように後継ぎのいない業者も少なくない。

 組合は昨年十二月、組合の二階に「あいち銭湯資料館」をオープン。廃業した銭湯で実際に使っていた風呂おけや鏡、昭和四十年代に製造されたマッサージチェアなど八十点を展示している。鈴木さんは「若い世代をはじめ、少しでも多くの人に銭湯の魅力をアピールしたい」と話している。

 (高本容平)

 

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