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父戦死の桶狭間、ガイドが「おんな城主」勉強 豊明

直虎の運命が変わった桶狭間の戦いの地元をPRする堀田さん(右)ら=豊明市役所で

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 戦国時代の女性領主・井伊直虎誕生のきっかけになった桶狭間の戦いの地にいらっしゃい−。NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」放映を受け、直虎の父直盛が戦死した桶狭間の戦いの地元豊明市で、ボランティアガイドたちが直盛や直虎について勉強し、「この戦いが女性領主誕生につながったことなどを多くの人に知ってほしい」と意気込んでいる。

 勉強をしているのは、市内の古戦場伝説地で無料ガイドの取り組みを続けている「とよあけ桶狭間ガイドボランティア」のメンバー二十三人。

 直盛は一五六〇年、織田信長が今川義元を破った桶狭間の戦いで今川側に加わり、戦死したとされる。ところが、同会会長の堀田忠夫さん(75)によると「直盛がどう戦い、どこで亡くなったかは分かっていない」。堀田さんらは、郷土史家太田輝夫さん(73)=大府市=の力も借りながら、桶狭間関連の資料を読み込んだ。

 その結果、直盛とともに出兵した武将・松井宗信について記した文書に「井伊肥後守と(行軍の)先頭にいた」と書かれていることを確認。井伊家の記録では直盛は切腹したと伝わっていることも分かったが、太田さんは「名も無い兵に殺された場合、切腹と後世に伝えられる場合もある」と指摘する。

 桶狭間の戦い自体も信長の進軍ルートなどに諸説あり、謎が多いとされている。堀田さんたちは直盛についての少ない手掛かりをつなぎ合わせながら「義元が休憩していた本陣で、直盛も信長の急襲を受けたのではないか」と推測する。

 直盛の死の謎は残ったままだが、堀田さんは「この戦いで父が亡くなったことが女城主の誕生につながる。観光で来られる方に、直虎ら、いろんな人の運命ががらっと変わった戦いについて案内したい」と話している。

 豊明市は六〜十日と十二〜十六日、市役所一階で大河ドラマの衣装のレプリカやパネルを展示する。メンバーも期間中に交代で桶狭間の戦いや直盛について解説する。

 展示やガイドについての問い合わせは市産業振興課=0562(92)8312=へ。

 (森若奈)

 

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